赤い鏡/フェニックス


 赤とは、すべての人が持つ色だ。生命の溶けた液体。赤い血。
 しかし、赤い瞳となると限られる。この街ではふたり、フェニックスと▼がその色を持っていた。もしかしたら他にもいるのかもしれない。それでも、フェニックスと▼は、お互いの瞳が同じ色をしていることを、とても特別に感じていた。血の色で繋がれた絆のように思えたからだ。……お互い街に縛られた家だ、家系図を紐解けば、もしかしたら薄らと血は繋がっているのかもしれない。
 今日もまた、飽きずにその赤を見ている。ベッドにふたり寝転がれば、幼少より大きくなった体では狭い。当然互いの距離も近くなり、互いの瞳がよく見えた。睫毛の震える様さえはっきりと見える。

「飽きないのね、フェニックス。夕日のように、変化があるわけでもないでしょうに」
「そうですね、いつも同じ色をしています」

 自分と同じ色を見つめる。それはいつも同じ色、光や影の具合で見え方は違えど、基本的にはずっと自分と同じ赤い色をしていた。フェニックスの色が▼に映ったようにも、▼の色がフェニックスに映ったようにも思えるそれ。実際にはお互いの目の色がうつるなどという事はなく。しかも▼はフェニックスより一つ年上であるので、先に赤をもって世に生まれ落ちたのは▼だ。
 見つめる分、見つめ返してくる▼に言葉を投げる。

「飽きませんか、▼。炎のように、変化があるわけでもないでしょうに」
「そうね、いつも綺麗な丸だわ」

 そっと、▼の白い指が下瞼をなぞる。目にほど近い部分に触れられても、特に抵抗はなかった。特徴的な頬の角ばった雫をなぞって、顎に触れて、離れる。お互いの顔の隙間は三十センチもないだろうその距離で、ゆっくりと赤い瞳が笑う。

「どんな赤のなかでも、貴方の目の色が一番好きだわ。いつだったか空から宝石が降った時、わたしの足元に転がった石も、フェニックスの瞳ほど綺麗ではなかったもの」
「では、▼の瞳ほど綺麗でもなかったのでしょうね」

 ぱちぱちと何度か瞬きをした▼が、口をおさえて笑いだす。ベッドの上で、少しだけ体をくの字にして。珍しいこともあるものだと眺めていると、ひとしきり笑い終えたのか、いつも通りの凪いだ表情がフェニックスを見つめた。それでも、それが他の人間に見せるものより幾分か柔らかいことを、フェニックスは理解している。理解はしているが、それがどういった感情が由来のものなのかはわからない。
 血の色が月のように細まる。

「おもしろいことを聞いたわ」

 清潔なシーツのうえにばらばらと散らばったフェニックスの黒髪を撫でて、愉快そうな声を出した彼女の心の内は、やはりフェニックスにはわからなかった。
 
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