雨林にある隠れ家のひとつで夜を過ごすことになり、冒険者の使うような簡易的な寝具の上に胡座をかいてセノはランタンの光を頼りに本を読む。砂漠を出た直後は雨林の湿度の高さに辟易する事もあったが、いまではすっかり慣れてしまった。それは共に砂漠からやってきた▼も同じようで、並んで敷かれた寝具ですやすやと眠っている。
気が抜けるほど安心しきった寝顔にかかる髪をはらってやると、▼はうにゃうにゃと判別不能の言葉を零したあとゆっくり目を開けた。鮮やかな草の色をぼんやりとさまよわせてから、たっぷり五秒ほどセノの瞳を見上げ、ようやく口を開く。
「暗いとこで本を読むと目が悪くなるよ」
「母親のような口ぶりだな」
僅かな明かりのなかでもセノが小さく笑ったのが分かるのか▼は唇を尖らせた。
「お母さんじゃなくて奥さんだもん」
世間のもつ母や妻のイメージと違う、子供のように膨らまされた頬を撫でると、幼少期同じように彼女を宥めた記憶が木々の間を通る風のようにすうっと思い出される。▼の言葉に肯定を返せば、やはり昔と同じように笑った。
「ね、セノもはやく寝ようよ」
膝をつついた指先の願うまま、セノは本を閉じて寝具に横になる。緩く腕を広げれば嬉しそうにあたたかな体温が転がり込むので、それを納めてからランタンを消した。尻尾を絡め寄り添って眠るリシュポラン虎のようにぴとりとくっついて、数える星がない洞窟のなかで互いの鼓動を数え、すでにうつらうつらと船を漕ぐ▼の頬に唇を寄せてからセノも目を閉じた。恐ろしい印象ばかりが広まる大マハマトラがこのように穏やかに眠るのだと、教令院に所属する人間は想像もつかないだろう。
おやすみと囁いた言葉が音に溢れる雨林の夜に溶ける。夢と現の狭間、体温がひとつになるような曖昧な感覚に身を任せれば、幼い頃のように無垢な夢を見られそうな気がした。