窓硝子についた雨粒のように白い首筋を伝った汗を拭き取って、セノはいまだに止まない雨の音を聞いた。普段セノの分まで家を明るくしている▼が静かだと、慣れたはずの空間が他人行儀の知らない家に感じる。
己を呼ぶぼんやりとした声を辿れば、草色の瞳が弱々しく笑った。
「えへへ、ベッド、独り占めしてごめんね」
「そんなことはいい、寝ろ」
もうこんなに沢山寝たのにと顔に書いた▼だったが、セノの心配を理解しているで数秒名残惜しげに瞳を見つめてから目を閉じた。
氷元素の塊を入れた氷嚢の位置を直してやり、ブランケットをかけ直す。処方された薬のおかげで熱は下がり始めているが、苦しげな姿は見ていて胸が潰れるような気持ちになる。セノはそれが過去の経験からと分かっていた。
ビマリスタンで診察を受け、正しく薬を処方された今と違う。高熱に倒れた幼い▼に間違った作用をする植物を与えてしまった、運良く彼女が耐えただけで、もしかしたら命を奪ってしまったかもしれなかった出来事。冷静さを欠いて正しく判断できなかったことで引き起こされた、精査の甘い知識による過ち。
▼は過去の出来事をなんとも思っていないのか、か「そんなことあった?」と笑うが、セノは違う。あれからセノは焦りを嫌う。常に冷静でいようと努めているし、知識も情報も精査をする。マハマトラとなってからは特に顕著になり、用心深さと慎重さが加わって、そんなセノの心配を受ける▼は「心配性だね」とやはり笑った。
あれからもう何年も経って、セノも▼も大きくなった、成長した体は幼い頃よりはるかに健康だ。呼ぼうと思えば医者を直ぐに呼べるし、薬だって手元にある。ほぼ全ての条件は昔よりもずっと良い、だから、必要以上に重々しい心配をする必要はないとセノ自身理解している。
「セノ」
いつの間にブランケットから抜け出した手が冷えたセノの手に触れる。冷たいようなあたたかいような手は優しくセノの肌をなぞり、小さく笑んだ唇が言葉を紡ぐ。
「明日には元気になるよ、だいじょうぶ」
昔のお前もそう言った。そう口をついて出そうになって、セノは唇を引き結んだ。