ヤルダーキャンディ、ひとつ


※セノ不在


 花神誕祭とは、スメールを統治する草神・マハークサナリの誕生を祝う日。
 この知恵の国が綴る三百六十五日の中で最もシティが賑わう行事である。「シティが」と限定したのは、赤砂の王への信仰がいまだ根強い砂漠地帯にはあまり関係のない話であるからだ。とはいえ、この二つの地域の様々な逕庭というのは▼には興味のないこと。子供達に混ざって花の騎士から受け取ったヤルダーキャンディを口の中で転がし、聖樹の根に座って眼下に広がるにぎわいを眺めた。
 カフェも酒場も盛況だ。トレジャーストリートでは花神誕祭の数日前からハフト・スィーンのための七つの素材が並んでいるし、港側には露店が増えている。特にグランドバザールへの人の出入りが多く、これはニィロウによる花神の舞を見ようとする人々なのだろうなと▼は太陽の髪色をした友人の顔を思い浮かべた。人が多いということは警備に駆り出される者も多く、三十人団の緑を普段よりも目にする。
 とにかく、いまのシティは賑やかで、騒がしい。
 先の騒動の後、スメールという国を主導するものが大賢者から草神に戻ってから、草神はスラサタンナ聖処から市井を見に来ることが多い。今日も「もしかしたら草神様が聖樹の根元におりてくるかもしれない」と屋台の主人が笑っていた。
 スメールのいままでが悪い方向にむいていたのか▼には分からない、草神が表立って舵を取り始めたことで良い方向にむいたのかも分からない。それは何十、何百年経ってからその時代の人々が論議するだろう、あの赤砂にあった国々の足跡が今そうされているように。

「なにをしているのかしら」

 ふわりと降り立った白い影に▼は肩を跳ねさせる、近くに人が来るとは思っておらず、完全に油断していた。思わずガリリと噛み砕いたキャンディを飲み込んでから顔をあげれば、この花神誕祭の主役である草神・マハークサナリ――▼にとってはナヒーダの名のほうが親しみがある、が草色の瞳を瞬かせて▼を覗き込んでいた。
 智慧者として▼はナヒーダのことを尊敬している。己よりも強く、人ならざる力を持った神であると理解しているが、彼女は守るべき対象だ。それはナヒーダが敬うべき神だからではなく、幼い姿をしているからでもなく、大切なものというのはみな守るべきだとセノが▼に教え、▼もそう思っているからだ。

「花神誕祭を見ていたの。ナヒーダは下にいかなくていいの?」
「勿論そのつもりよ。でもスラサタンナ聖処から見下ろした時にあなたの姿が見えたから、先に顔を見に来たの」
「そっかぁ、へへ。あ、でもナヒーダに会うと思わなかったから、何も持ってないや」

 渡せるとは思っていなかったが用意してあった贈り物は家に置いてきてしまっているし、身一つでシティに繰り出した今の▼は誕生日のお祝いとして渡せるようなものを持っていなかった。

「そうね……▼はヤルダーキャンディを持っているわよね」
「うん、持ってるよ」

 花の騎士から貰ったヤルダーキャンディ、先程包みを開けものと違う味のものを数個所持している。子供達にとっては花神誕祭の目玉で、花の騎士のもとに行けば配ってもらえる何の変哲もない飴。

「そのキャンディを私に一つ貰えるかしら」
「キャンディでいいの? 下に行けば、たくさん貰えると思うよ?」
「ふふ、あなたはセノからキャンディを貰ったら嬉しいでしょう?」
「うん! すごく嬉しい!」

 それと同じなのだろうかと▼はナヒーダの葉を陽に透かしたような瞳を見た。交わった視線の、その潤んだ緑が柔らかく細められる様はセノが自分を見る時と似ていたので、▼は「そうか」と納得をする。▼にとって、言葉がなくともそれで十分であった。
 キャンディを入れていた袋を取り出す。ナヒーダが何味のキャンディが一番好きなのか▼はまだ知らないので、自分の一番を好きを共有しようと目当ての色の包みを探した。それが今ナヒーダにできるいちばんの親愛表現だと考えたからだ。
 赤やオレンジ、淡い紫、様々な色の中から、桃色の包みを取り出すと、▼はナヒーダの小さな手のひらにそれをのせた。
 ▼が一番好きなザイトゥン桃味のキャンディのあとは、ゆっくりひとつひとつ他の味を食べて、ナヒーダの好きな味を教えて貰おう。そして、来年の花神誕祭は最初からその味のキャンディを多く貰って、こう言うのだ。

「お誕生日おめでとう、ナヒーダ」




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