雨は降っていない。カルパラタ蓮の花弁のような澄んだ青色をした空に、セノによって跳ね上げられた木製の槍が飛ぶ。それでも▼は止まらなかったが、セノもまた動きを止めなかった。槍を弾き飛ばし空を向いたセノの槍は素早く正位置に戻されると正面に突き出される。姿勢を低くして槍を避けた▼はそのまま勢いをつけて懐に飛び込み拳を突き出したが、それは槍に触れていない掌で受け止められて流れを変えられた。ついでとばかりに砂色の足先で足元を掬われた▼が地面との接吻を回避するために受身をとり、立ち上がろうとする前に、頭から指三本ぶんほど離れた場所にセノの槍が突き刺さる。
かこん、からから。
▼の槍が地に戻ってくる音を合図に二人は息を吐き出し、空気を弛めた。身を起こして地面にぺたんと座り込んだ状態になった▼に手を差しのべ、その体を立ち上がらせたセノは柔らかな茶髪についた土を指先ではらう。
「もう少しで頭が潰れていたな。槍を失った時点で俺に向かわず逃げるべきだった」
「師に挑んでみたくなったんだよ」
「それはもう少し腕を上げてからにするんだな」
はぁい、と返して▼は笑った。
反省点を活かして以前よりは成長しているはずなのに、まだまだ敵わない。互いに元素力を使っていないので、そちらの使用も認めたらこの差は大いにひろがるだろう。セノと▼の間に横たわっているのは実戦経験の差だった。
セノは「お前に必要なのは勝つことじゃない」と昔から言う。それはその通りで、▼に必要なのは己の身を守る力と、その場を凌いで逃げ切る判断力だ。教えを守り、▼は基本的に無謀なことはしない。
それでも、手合わせで「勝ってみたい」と無謀なことを思うのは、自分の構って欲しいという我儘さえも訓練というかたちで受け入れてくれる兄が相手だからだ。この手合わせの時間は大マハマトラの妻として必要な護身の術を学ぶ時間であり、セノの妹の▼が兄におおいに甘える時間でもある。
身体中の土をはらった▼は地面に転がっていた槍を拾い、セノの手を掴んで揺らす。それだけで、セノの唇には緩やかに苦笑いとも微笑みともつかない曲線ができあがった。
「ねぇ〜もういっかい! もういっかいだけやろ!」