給餌


 親鳥が餌をやらねば雛は死んでしまう。雨林の瞑彩鳥だろうが砂漠の赤鷲だろうがそれは同じだ、庇護するものに食糧を与えられて育つ時期がある。
 人間もそうだ。セノは自身のそういった時期のことは当然覚えていないが、▼のことはよく覚えている。彼女を柔らかな布に包まれた赤子の頃から見守り、時に世話をして共に育ったセノは、手ずから食事をさせることもあった。
 きらきらと輝く瞳はオアシスに芽吹く柔らかな葉、高いところから目を凝らしてようやく見える防砂壁のむこうにある雨林。血の色をした烈日と同じように、目を焼かれる生命の色。
 それが自分を見あげて、無防備に与えられるものを待っている。幼い頃はそのことがなんとも不思議で、食事を与えているのにこちらがなにか与えられているような心地になった。今は、少し違う。

「▼」

 新緑の瞳にうつるセノが見える。その手に皮を剥いて分けられたバブルオレンジを見た▼は、セノが何言わずとも意図を理解したようで、ぱかりと口を開いた。綺麗に並んだ白い歯と柔らかな朱い舌がのぞいて、セノの手が動くのを待っている。昔と変わらない無防備さだ。
 守り育てた我が子、砂と緑の腕で共に育った妹、愛おしい妻。
 守るために多くを教えた。学術、武術、人を警戒する術、元素の扱い方、己の身を守るためのたくさんのこと。▼はちゃんと全部覚えた。それでも、共にすごした時間と信頼と愛と呼ばれるもので、▼はなんの疑いもなくセノの前にあって、セノから与えられるものを待っている。マラステラのなかでセノは当たり前のように安全で無害なものとして存在しているのだ。
 喜ばしいと思うと同時に、腹の底がぐるぐると混ぜられるよう感情が巡った。庇護欲、支配欲、独占欲。そういったものが湧いて出てきては、苦いような、甘いような気持ちが脳に刻まれる。存在してもおかしくはないのに、存在していると少しの罪悪があるものたち。
 てし、と手首に軽い衝撃。
「まだ?」

 オレンジの欠片を待つ▼が首を傾げている。ほんの少し眺めたその時間が「待て」をされた気持ちだったのかもしれない、待ちきれていないところが幼少より育った食べ物への執着を感じさせる。すまないと謝ってからその口にオレンジを入れると、果実を受け取って閉じた口が咀嚼をはじめて、▼は幸せそうに目を細めた。食べ物を口にした時、インクが紙に滲むようにじわりとひろがる笑顔がセノは好きだ、環境や立場が変われど変わらず愛おしいと思う。

「おいしい!」
「うん、よかったな」
「ねぇねぇ、もう一個」

 当たり前のように食べさせてもらうつもりの▼がまた口を開けて、セノが動くのを待っている。いよいよ給餌のようだと笑って、セノはバブルオレンジを一切れ手に取った。




ALICE+