……――そうして、草神様の恵みをたっぷりと受けて育った光の木はいつもわたしたちを照らすのです。
先程までセノに大人しく体を拭かれていた▼は、もう綺麗になったと解放されるとベッドサイドに置いてあった本を読んでいた。普段読む本よりも薄い、シーツのうえを転がりながら文字を追う。
「何を読んでいるんだ?」
自分の体を拭き終えたセノがその本に興味を示すと、▼は体を起こしてセノにくっつく、砂の色をした肌とミルクのような白い肌が触れ合って、しかしその距離が適切だというように▼はセノが見やすいように本を開いてみせた。紙の上に大きめの文字が蟻のように連なり、途切れたところには挿絵がはさまれていることから子供向けの本と分かる。
これは、スメールのあちこちに設置されている植物の蔦でできたポールが特徴的な街灯について書かれた童話だ。あの街灯はレンジャー達が植えた特殊な種が育った「光の木」だという話。もちろん実際にはあの街灯は人工物で、不思議な種から育ったものではない。
雨林の子供達の間ではよく読まれている童話、何回か重版もされている有名な本だ。
「先生の家の本棚で見つけたの。読んだことないなと思って、そのまま借りてきちゃった」
「多分、先生はお前のために買ったんだろうな。読んだことがなかったのは意外だ、有名なものだし、いつも遊んでる子供達が話題に出さないのか?」
「んー……わたしが遊ぶ子達からは聞いた事ないかも。子供達はアランナラや夢の話をたくさんしてくれるから」
このスメールでは夢を見るのは子供だけ、大人は夢の話をしない。夢を見たという開示は己のことを子供、未熟者ですと言うようなものだ……というのが大体の大人の認識だ。
しかし▼は夢を見る、森で不思議な気配も感じる、そしてそれを隠さない、子供達の話を信じて否定しない。子供達はそれを知っているので、彼女に夢やアランナラの話をした。
子供達のことを思い浮かべながら光の木の挿絵をなぞる。
「この本みたいに、あの街灯が光の木だったら面白いね。ずっと成長するような品種を作ったら、いつか聖樹の背を越えちゃうかも」
「それで? なにを照らしてもらうつもりだ?」
「え〜……照らすものはなさそうだし……。そうだ、街灯を足掛かりに、空より上を観測するための拠点を作ろう!」
木の表面に生えるキノコのように街灯のポールに拠点を築いたらどうだろうか。雲より高い場所になれば明論派の人々も星が見やすいだろうし、星そのものがある空間にいつか人の手が届くかもしれない。街灯が伸びたらまた上に拠点を築き、それを繰り返す。
「夢があるね〜」と本を閉じると、セノが▼に頭から服を被せた。まるで小さな子供にするように、袖に腕が通ったことを確認しながら手の中に余っている布を下ろして、そうして最後はちゃんと服を整える。転がっていた時に乱れた髪も手櫛で梳かすと、目を瞑ってそれらを受け入れていた▼が嬉しそうに笑った、犬であれば尻尾がはち切れんばかりに揺れていたに違いない。セノが服を着る間も構ってほしそうに手を出してくる様子は、童話を読む年齢の子供といっても差し支えないだろう。
甘えたがりの妹の頭を撫で、シーツの上に置かれたままだった本をサイドテーブルに戻す。
「そろそろ寝よう。明日もジュライセン先生のところに行くんだろう、他にも何かないか聞いてみたらいいんじゃないか」
「何か借りてきたらセノにも読んであげるね」
「俺に聞かせてくれるのか?」
「うん!」
屈託のない笑顔がかえってきてセノは思わず笑ってしまった。昔はセノが読み聞かせる側だったのだが、いつの間にか読み聞かされる側になったらしい。舌足らずにセノを呼んで文字の一つ一つを確認して読み書きしていた頃とはもう違う、雨林の木々の間を抜ける風のように澱みなく読み上げられるのだろう。
まだ聞いてもいないのに成長を噛み締めて、セノはもう一度▼の頭を撫でた。