▼とセノに血の繋がりは無い、それでも二人は「きょうだい」だった。
セノは兄で▼は妹。砂漠にいた時も雨林にいる時も、▼は赤子の時から今までそのように育ってきた。保護者のようであったり、夫であることを重く受け止めているセノより、▼のほうが「自分達は兄妹である」という意識は強いかもしれない。お兄ちゃん、兄さん、そのように呼んだことはなかったが、▼にとってセノはいつも「兄」だ。
「ねっ、兄弟!」
明るい声で、機嫌良さそうにセトスがセノの肩を叩く。あの一件があってから、二人はとても親しくしている。
セトスが言うに、ふたりは幼馴染のようなものだ。跋霊の適合者として、共に沈黙の殿で過ごすはずだった。ただ、そうはならなかったし、セノは沈黙の殿での過去を覚えていない。魔神のひとかけを受け入れた者同士のシンパシーもあるかもしれないし、単純に恩義や友情を感じているのかもしれない、周りが思うより早く二人は打ち解けて心の内を話し、互いを友とし、兄弟と呼びあった。
▼はそれを否定するつもりはない。歳が近い、特殊な身の上の二人が仲良くなるのは理解ができた。セノは腹を割って話をしたら友人だと思うような、人に心を開いて受け入れることができる人間だと知っている。セトスは違う、そういうタイプには見えない、にこやかなのに警戒心が強くて踏み込ませないような人間だ。しかし、そういう人間がセノのことを信じて好意的に思っていることは良い事だと思う。彼らの立場は大マハマトラと沈黙の殿の首領だ、そのほうが都合がいいこともあるだろう。
理解はできるのだ、感情が追いつかないだけで。
「どうした、▼」
「ん〜……」
▼が腕に抱きついたので、セノが優しく眼差しを投げてくるが、▼は口を噤んでしまった。
セノはセトスと▼に仲良くして欲しいようだったから、▼が「この人ちょっとやだ」と言えば困ってしまうだろう。しかし本当に、ちょっとやだ、なのだ。しかし、▼は腹の中にぐるぐると渦巻く感情を上手く言語化できなかった。
「▼ってセノには甘えん坊だよね、僕は全然されたことないけど」
「俺も先生も、誰彼構わず甘えるような教育はしてないからな」
セノを挟んで覗き込んでくるセトスから逃れるように、▼は兄の体に身を隠すようにくっつく。沈黙の殿の子供がぐずったりむずかる時にそのようなことをするので、セトスは思わず笑ってしまった。この兄弟の妹で妻である少女は、性質的には自分に似ているように思う。わかりやすく本心を表に出さないことをセトスは理解していた、だからこそ、普段からこうして不服そうにされたり小さな威嚇をされることは、それなりに気を許されているのだと思っている。
「拗ねてる?」
悪戯心が湧いて、セトスはそのままずいと身を乗り出して▼を見る……と、セノがセトスの額に手をやってそれを押し戻す。砂漠の夕日と同じ色をした瞳が少しの呆れを持ち、ため息混じりの声色でセトスの名を呼んだ。
「いじめるんじゃない」
「ごめんごめん、つい。▼もごめんよ」
「ちょっとやだった」
「うん、ごめん」
▼の頭を撫でていたセノに倣って、セトスも自分よりも薄い茶髪に手を伸ばした。拒否せず受け入れた▼の髪を撫でると、▼は仕方ないなと言うようにそのままでいる。シティにもこういった「仕方ないから人間に触らせてやるか」という顔をしている猫がいる、餌を渡すと少しだけ触らせてくれるのだ。似ているなとセトスは思うが、▼本人には言わないし、セノはきっと理解してくれないだろう。
▼の頭を撫でる手はセノと同じ色で、セノと同じように慣れた手つきだった。きっと沈黙の殿や、色々なところの子供を撫でているのだろうなと▼は思う。セトスの好きにさせると、しばらく撫でた後にその手は離れていく。セトスが自分にそれなりに好意的であることも、彼の歩み寄りも、▼は理解している。だから、こうしてむずかる自分が本当に子供のようでなんだかバツが悪かった。
二人に挟まれているセノは、セトスと▼の様子を見てどこか嬉しげな目をしている。自分と▼が良好な関係になることをセノが望んでいることをセトスも分かっていたし、セトス自身それは望むところであった。兄弟のきょうだいで、過去の自分だって関わりがある子供なのだ。
一旦の和解を終えたセトスは、ふふんとセノに胸を張ってみせる。
「セノの妹ってことは、僕にとっても妹ってことじゃない?」
「それは違う」
「やだ」
「あ、そう」