春の狼


 狼の出産は春が多い。
 時期になると▼も流石に気を遣う。彼らは己の巣穴で出産をするし、巣穴の番も群れで協力して行う。狼のことは狼が一番わかっているので、基本的に▼があれやこれやとする必要はないのだが。普段以上に、奔狼領の森の奥に人間が立ち寄らないように目を光らせる。
 今年は五匹新しい家族が増えたと、群れの一匹が教えてくれた。▼は巣穴にはいることはないので、まだ見ぬ新たな家族を楽しみにしている。巣穴の前を通る時に高くて幼い鳴き声が聞こえると、可愛くて可愛くてたまらない気持ちになった。

「▼」

 森の見回りをし終えたレザーがやってきて、▼と同じように倒木に腰掛ける。

「レザーは新しい家族を見たの?」
「見た、小さい」
「ね、すごく可愛かったわ」

 母親と一緒に巣穴から出てくるようになったら、沢山見ておかなくては。狼はいつだって可愛いが、小さな時はあっという間にすぎてしまうから。
 巣穴の方角に目をやっていたレザーの瞳が真っ直ぐに▼をみて、数秒おいてから首を傾げる。

「オレと▼の子供、いつできる?」

 吸い込んだ息が嫌に存在をもって喉をすべって、▼は激しく噎せこんだ。
 いつできる、とは。
 そもそも、そういうことをしなければ永遠にできないものだ……ということを、レザーも分かっているはずだが。
 息を深く吸って吐いてレザーを見たが。変わらず、口から問題発言が飛び出したとは思えない可愛い顔のレザーが首を傾げているだけだった。▼がなんと返すべきか悩む間に、二人の目の前を何度も狼が通って巣穴に向かう。家族が増える、それはとてもいいことだと思う。思いはするが、当事者となると話は別なのだ。

「……欲しいの?」
「欲しい。群れ増やす、群れ強くなる」

 なるほど、と▼は一人頷いた。
 恋愛的な事ではなく、狼の本能的な……いや、狼にだって相性だとかそういうものはあるが、そう、狼に近い話なら安心だ。いまはレザーと同じ形をした生き物が身近にいないから自分にこう言うのかもしれないが。レザーがもっと人の社会に触れて大きくなったら、きっと言わなくなるだろう。

「レザーがもう少し大きくなってからね」

 何年か経って、春にまた家族が増えた時、レザーの考えもきっと変わっているはずだ。よしよしとフードで覆われていない跳ねた白い髪を撫でる▼は、また来年も同じ事を言われるとは微塵も思っていなかった。




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