風龍廃墟の帰り、現れては消えるを繰り返す吉法師を追いかけて奔狼領に足を踏み入れた旅人は葉の揺れる音と小さな悲鳴に足を速めた。
「……狸? と、旅人にパイモン」
それなりに大きめのはずの狸・吉法師を持ち上げているのは▼だ。旅人とパイモンの知人であり、この奔狼領に住む人間でもある。持ち上げられながら大人しくしている吉法師の眼前に飛んでいったパイモンが腕を組んでむんと唸った。
「ひとりで先に行ったらダメだぞ! ここは狼がいーっぱいいるんだからな!」
「引き止めてくれてありがとう、▼」
「皆が変な匂いがするって言っていたから、見て回っていたの。噛まれたりする前に止められて良かった」
安全なものだと判断された吉法師は地面に下ろされた。そのままぺたんと座り込んだ吉法師は▼を見上げ、▼は屈んでから吉法師をじっと見つめる。
「稲妻の狸さんかな?」
「そうだぞ! 修行のために色んなとこを見て回ってる、吉法師っていうんだ」
「吉法師っていうの、可愛いね〜」
▼は吉法師を見て故郷の映像作品を思い出していた。旅人の話を聞くとどうやら色々なものに化けることができるらしく、それが更に▼の脳裏で狸に合戦をさせる。
可愛いと可愛くないの間の絶妙なバランスの顔と、風呂敷を背負ってぺたんと座りこんだ体のもったりしたフォルム、時折揺れるまぁるく太い尻尾は何とも愛らしい。総合的に見るととても可愛い吉法師を前にだらしなく目尻を下げて、▼は吉法師の頬のあたりを撫でた。
「▼っていうの、わかる?」
「アナナ」
「▼」
「ぬ、▼」
上手上手と喜ぶ▼と立ち上がって珍妙な踊りをする吉法師を見ていたパイモンが一拍遅れて「何を言ってるかわかるのか」と驚いた顔をする。この森に住む狼とも不便なく暮らしている様子から、狼との意思疎通はできるのだろうと思っていたが、まさか狸とも話ができるのだろうか。
「なんとなくわかるだけ、流石に森の皆ほどはわからない……。旅人とパイモンは、この子が何を言っているかわかるの?」
「カサカサスミレウリとか、スミレウリぽんぽことか」
「それはもういいだろ! オイラたちは五百蔵の狸飯を食べたらわかるようになったんだ」
「へぇ〜いいなぁ。アンドリアス様が作ったご飯で人間も狼の言葉がわかるようになればいいのに」
旅人とパイモンは同時にアンドリアスが何かを調理をする姿を想像しようとして、ないないと首を横に振る。あの気難しい領主が出してくれるのはかき氷には不向きな氷くらいだろう。
狼の匂いが気になるのかふんふんと鼻を鳴らして自身の周りをぐるぐると回り始めた吉法師を捕まえぎゅうと抱き締め、狼とは違う毛並みを堪能してから解放した▼は旅人を見上げて祈るように手を合わせる。
「今度わたしを稲妻に連れていく時は、吉法師の故郷の森に行かせてほしいな」
自分が▼を連れていくのは良いが、彼女が稲妻の森へ行くことをここの家族達が許すだろうかという疑問が旅人の頭に浮かぶ。この森に住む少年が顔を顰める様は想像に容易い。
「お願いね」という▼の声が耳に届くのと、吉法師が飛び跳ねてから焚き火に変化するのと、複数の狼の唸り声が聞こえたのは同時で。やはり無理そうだなと旅人は肩を竦めた。