短夜


 本格的な夏となれば、モンドもそれなりに暑くなるものだ。
 故郷である日本のじめじめとした蒸し暑さや、アスファルトによる熱がないだけマシではあったが、暑いものは暑い。何より、この肉体は暑さには弱かった。
 ふぅと溜息を吐いて▼は身を起こす。当然のように傍で寝ているレザーは、きっとこの暑さに耐えかねて▼のところへやってきたのだろう。神の目の影響かもともとの体質か、▼の体はいつもひんやりとしていた。冷気を帯びる、とまでは行かないが体温はかなり低い。体質のことがなくとも、氷の元素を操る▼は部屋の中にあれやこれやと暑さ対策を施していた。
 ▼の部屋は涼しいと学んだレザーがいつの間にか入ってきていることは多い。森の狼達と違い夜間は寝ている▼の近くに寝転がり、そのまま寝てしまうというのはよくあることのようだ。すやすやと無防備に眠る姿は信頼や安心の表れのようで、胸の底から可愛いという気持ちが湧いてくる。
 頬をつつけば小さく唸ってシーツにぎゅうと顔を押し付けた、「かわいい」と呟いて微笑む。お腹を冷やしてはいけないと、タオルケットをレザーの腹部にかけてから▼はベッドから降りた。脱ぎ散らかされたレザーの衣服を拾って畳み、近くの椅子に置く。 全開になっていた窓から外を覗けば今夜も月は美しい、木々の間を縫って吹き込む風はルピカの遠吠えも運んだ。
 近くの茂みからググプラムをくっつけた若い狼がでてきて、▼と視線が合うとキュウと鼻を鳴らした。レザーを探しに来たわけではなく、レザーと同じように涼みにきたようだ。奔狼領の狼達はこの森に住む人間が無害であり、同じ掟で生きることを知っている。だからこんなにも親しくて、可愛いらしい。狼達はみんな▼より若いので余計にそう思うのかもしれない。

「お水飲む?」

 ▼の問いに窓辺に近寄ることで答えた狼の鼻先を撫でてからベッドサイドに置いてある水差しを取った、記憶よりも少し軽いのはレザーが飲んだからかもしれない。窓辺に戻って軽く水差しを傾ける動きをすれば、察した狼は程よい位置で舌を出してくるりと回った。

「美味しい? そう、よかった」

 落ちてくる水を器用に舌で受け止めて飲む狼が機嫌良さそうに唸り、ついでとばかりに頭に水を被り。いま気がついたから取ってくれと言うように壁に足をつけて背伸びをすると、ググプラムのついた頭を▼に差し出した。
 望み通りに紫の実を取ってやれば、べろりと▼の手を舐めて身を引く。尻尾をふり、その場でくるくる回ってから、来た時と同じように茂みに消えていく。本当に涼みに来ただけのようだ。
 可愛いな、と幾度目からの緩い判定を下して狼の去った後を眺めていた▼の腰にすらりとした腕が巻きついた。いつの間にか起きていたレザーが、まだ眠そうに眉間に皺をよせながら「水飲む」と零す。喉が渇いて起きたのかもしれない。
 ぺっとりくっついてくるレザーをそのままにベッドサイドに戻りコップに水を注ぐ。レザーと名前を呼べばコップを手に取って水を飲んだ、が、片方の手は▼の寝間着を掴んで離れる様子はない。飲み難くないだろうかと思うが、本人が良いならそれで良いか……と▼はレザーの頭を撫でた。ここ数年で本当に甘えん坊に育ったと思う。
 空のコップを置いたレザーの髪を手櫛で梳かしながら首を傾げる。

「わたしはもう寝るけど、レザーはどうする?」
「オレも▼と寝る」

 間髪入れずに返ってきた答えに笑って、ふたりでベッドに寝転がった。
 広がるお互いの髪がベッドの上で混ざるこの一瞬が▼は好きだったが、寝返りをうったり起床の際に絡まることもあった。髪が長いと大変だなと常々思うが、▼はもとの意識が髪を伸ばしていたこともあり切り難く。レザーは長い己の髪にルピカたちと同じという安心感を感じているようで、毛先や前髪しか鋏をいれることを許さない。いつか、よほど邪魔になれば切って欲しいと言いに来るだろう、多分。

「おやすみなさい、レザー」

 またウトウトとしはじめたレザーの頬を撫でて、▼も目を閉じる。開いたままの窓から入る風が心地よく、今夜はぐっすりと眠ることが出来そうだった。




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