桃と刃が美しく

 見事な庭である。淡い春の空の色を覆わんばかりに桃の花が咲き、桃の邪魔にならぬよう、それでも手入れの行き届いた花が視界を彩っている。出来の良い夢に迷い込んだようだった。この庭だけを見れば、本丸が戦のために作られた場であることなど分からないだろう。鬼丸の知らぬうちに人の技術とは恐ろしく進んでいたらしく、光も音も、感触や温度でさえも人工的に作られているらしい。
 鬼丸が舞い落ちる花びらに手を伸ばすと、桃色ははらりと掌の上におさまった。
「おにまる」
 その音がおちただけで、春の庭の主は桃ではなくなったように思う。珍しく縁側からおりた末が微笑みを湛えて鬼丸の隣に立つと、先ほどの鬼丸と同じように庭を眺めた。白い鬼は春の色彩に埋もれてしまいそうなものだが、いやに鮮やかに目を惹く。
「ももがすきなの?」
「別に」
「そう。わたくしはすきよ、だからはなをとってちょうだい」
「枝を折るのか?」
「まさか、いちりんだけでいいのよ」
 何故おれがと思いはしても、早く叶えてしまったほうが面倒なことにならないと理解している鬼丸は諦めのため息をつく。ため息が春の空気に溶けてしまうと、末がその唇にうっすらと笑みを浮かべた、この表情を見る度に鬼丸はなんとも形容し難い気持ちになるのだ。
 黙って桃のもとまで歩き、天から地を見下ろすように低く伸びた枝からぷつりと花柄を摘んだ。先程の花びらと同じくすんなりと手の中にあるそれは、鬼丸がほんの少し雑に扱うだけで潰れてしまうだろう。顕現して時間は経っているものの、脆いものに触れている鬼丸の指先には微かに緊張がある。それを知ってか知らずか、末は花を摘む鬼丸の様子を微笑んで見つめているのだ。居心地の悪さを感じながら末のもとへ戻り、摘み取った桃を差し出す。
「これでいいのか」
「ええ、ありがとう」
 礼を言うわりには白く長い睫毛が伏せて震えたので、鬼丸は眉を寄せる。望み通り桃の花を渡したというのに残念がっているように見えたのだ。鬼丸の考えていることが理解出来たのか、笑った末は受け取った桃を赤いくちびるへ寄せ、そして桃を鬼丸のふわふわとした白髪に差す。己の髪にある小さな花はひどく不釣り合いで、なぜ髪に飾られたのか理由も分からない鬼丸は、疑問に疑問が重なっただけの末の行動にさらに眉間の皺を濃くした。いつもの薄い微笑みではない、ちらりと白い牙の覗く笑顔が鬼丸を見上げる。
「とてもきれいね」
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