雛罌粟の朱

 前田藤四郎がこの本丸に顕現して数か月、ようやっといろいろなものに慣れ始めたころ、ふと気が付いたのは本丸のいたる所に置かれている皿の存在だ。
 手入れ部屋の隅、鍛刀部屋の棚の上、審神者の執務室の前の通路、審神者の私室の前。花台の上に花瓶のような顔をして置かれていたり床に直接置かれていたりと様々だが、どの皿にも時折花が置かれてる。霊的なものへの対処なのかと思ったがそうではないらしい、花が置かれる時間や花の種類も特に法則はないようで、本丸に気ままに彩を添えていた。
「あぁ、あれはね、あの子の戯れなんだ」
 朝食の折、前田に皿のことを聞かれた髭切はのんびりと食事をつつきながら笑った。あの子とは審神者である末のことだ、鬼切の名をもつ彼だから、鬼である末とは少し距離があるのだろうかと前田はぼんやり思った。本当のところ、両者の間にそのような距離はなく、ただ単純に各々の性質のせいでそのように見えるだけである。
「あの子の歩き回る範囲にしか皿は置いてないだろう? 彼女、女性に花の一輪も捧げられずに男士を名乗るなと言ったんだ。それからああして、いろんなところに花を置く場所があるのさ。捧げろと言うわりには直接渡さなくてもいいのかって鬼丸は気にしてたけど、まぁあの子も結構適当だし……」
「髭切殿は花を置いたことがありますか?」
「勿論。本丸に僕と鬼丸と祢々切丸しかいなかった時は、どうしたって順番がくるのがはやかったから。ああ、そう、最初は当番制だったんだ、彼女はそれでもよかったみたいだったから。まぁ今は皆好き勝手に置いているよ」
 前田も置いてみるといいよと残して、食事を終えた髭切はその場を離れる。
 皿の存在に納得をした前田は自分も皿にのせる花を探そうと思い、そしてふと離れた席の鬼丸が目に入る。粟田口から出た天下五剣、主君が一番最初に顕現させた太刀、前田が共に任務にあたることになるのは今日が初めてだ。先程の髭切の話では彼も花を摘むらしいが、あまり想像がつかない。怖いひとではないことはよく知っているが、やはり少し緊張する。
 頑張らねばと意気込んで、前田は再び食事に向き合った。



 任務の完了がモニターに映しだされ、部隊の者たちに一瞬の安堵が宿った。人気のない山道に集ったあとは本丸への帰還を残すのみとなった彼らは、この時代と本丸を繋ぐ門が構築されるまで数分待機する。刀装の消耗具合を確認していた前田は、視界の下側にある明るい色に気が付いた。
 ピンク色の花弁の先が羽毛のように割れている、撫子だ。そっと屈むと可憐な花は小さく風に揺れ、前田はこれを主君にみせようと考えた。
 失礼と小さく呟いてプツリと花を摘みそれ眺めていると、ぬっと影ができる。見上げた影の主は鬼丸だった、前田の手にある小さな花を見ると常に険しい彼の表情が少し動く。
「あいつへの花か」
「は、はい」
「出せ、承認してやる」
 未来の物を過去に持ち込むことがご法度であるように、過去のものを未来へ持ち込むことも基本的に禁じられている。故に、部隊の中で承認がなければ過去のものを本丸に持ち込むことはできない。花や種などの付着していてもおかしくないものは門を通るときに自動的に除去されてしまうため、花の一輪を持ち帰るには部隊の誰かの承認が必要だ。蝶の羽搏きが何処かで台風になるように、小さな花のひとつが何かに影響を与えるかもしれない、記録に残しておくためにもこの工程は必要なことだ。
 モニターを呼び出した前田が花の持ち帰りを申請すると鬼丸が慣れた手つきで承認する。ふたりのやりとりに気付いた祢々切丸が「おお」と声を上げて近付き、前田が手にした花にニッカリと笑みを浮かべてから鬼丸を見た。
「鬼丸、お前もあるだろう、出すといい」
 祢々切丸の言葉に鬼丸の眉がぐっと上がる。余計なことをを言いたげで、それでも何も言わずに腰に下げた巾着から懐紙を取り出す、中から現れたのは鮮やかな朱色の雛芥子だ。
 鬼丸の手のうえにある丁寧に保護された花を見て、ようやく皿の話と鬼丸が繋がる。鬼丸と主君が共にいる時、鬼丸は嫌そうではなくともため息をついていたり不満そうな顔をしていることが多いので、当番制ではなくなっても自ら主のために花を摘むひとなのだと前田は少し意外な気持ちだ。
「相変わらず赤い花ばかりだな」
「……わざわざ置いてるんだ、なんだっていいだろう」
 承認を受けた花をそっと戻しながら、鬼丸の指先が少しばかり動揺したように見えた。前田に思いあたるところがないだけで、鬼丸にとって赤い花というのは思い入れや意味のあるものなのかもしれない。本丸でいちばん最初に顕現した鬼丸国綱には、彼にしかわからぬものや、彼しかいなかった時間があるのだから。末と鬼丸と赤い花それぞれを頭に思い浮かべ、そして単純に感想を述べる。
「先程の雛芥子、主君の瞳の色と似ていましたね」
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