血塗れの月を手にする

 鬼とは違う気配に起きる。目を閉じたまま耳をすませば密やかな話し声、声の主達はどちらもよく知る人物で、末は布団から出ると静かに障子を開いた。
 鉄のにおい、月の光を浴びた髪がうすぼんやりと白く輝いて、目の前にもうひとつの月があるようだった。その月光は僅かに戦場のひりついた気配を含んでおり、末は小さく笑む、戦場から帰ってもなお纏わりつく戦うものの業のようなそれが好きだ。帰還してからまっすぐここへ来たのだろう、服装も戦帰りのままのようで、真っ先に鼻を撫でた鉄の匂いは彼の体や衣類からしたものなのだと赤色が伝えている。
 側仕えは主の目覚めにそっと口を閉ざして廊下の花と徹し、鬼丸の隻眼がひたと末を見る。
「かえったのね」
「ああ」
 血のついた頬に触れると末の手にもべったりと赤いものが付く、返り血ではなかったようだ。大怪我の手入れとなると手入れを専門としている他の者を起こすが、この程度の傷であれば末でもなんとかなる、霊力を纏わせた指先でそうっとその傷をなぞれば血が止まりかけていた傷は消えていった。このような回復ができるところは生き物との違いを強く感じる。傷が治ったことを感じたのか、鬼丸はゆっくりと瞬きをして、すこしだけ空気が丸くなった。
「きれいよ、わたくしのおにまる」
 撫でた鬼丸の頬が冷たかったので、末は今日の出陣先の暦が冬だったことを思い出した。付喪神である刀剣男士達の寒暖の感覚がこまで普通の生物と同じかはわからないが、軽装の鬼丸にはきっと寒かったろう。報告などせずにはやく体を温めるべきだったのではと思うが、鬼丸の意思でここへきたのだから、よいのだろう。
 勝って帰り、それを己が足で真っ先に報告してくる。可愛いらしいという気持ちで末はぎゅうと胸がぬくもった。強く逞しく、常に勝利を掴む刀のことを末は愛している、己が持つに足るものだからだ。
 頬を撫でていた手を離し、代わりにその体に回すと、抱きしめられた鬼丸は少しだけ身を固くし、それでも拒否はしなかった。「汚れるぞ」と零された末が構わずそのままでいると、しばらく迷ったあと躊躇いがちに腕を回して黙り込む。冷えて芯からつめたい体と鉄のにおいは人の身ではなく本当の刀剣のようだ、それでも耳を当てた体からは人と同じ心音が聞こえる、鬼とも同じだ。
「おにもあたたかいでしょう」
「……そうだな」 
 末からはその表情が窺えないが、戸惑いと安堵が混ざったような声をしている。鬼を探し、鬼を斬ると言うわりに、切るべき鬼がなにかは定まっていないこの鬼丸国綱という刀剣男士の不確かさも末は嫌いではなかった。彼の中の全てが定まった時、きっと今よりもずっとずっと強い刀となる、そう思っているからだ。末は、つよいものが好きだ。
 暫しぬるい交わりを味わってから、末は柔い拘束からするりと抜け出る。夜着はすっかり血塗れだが、鬼丸がいうほど「汚れる」という認識ではない、夜着がどうなろうと、それは末の気にするところではないからだ。
 自分より大きな手に指を絡ませて、己の部屋へ一歩踏み出す。鬼丸の赤い瞳が瞬きの半分程度時をたじろいだことを末は見逃さなかったが、彼と同じ色の瞳は嫣然と笑うだけだった。
「さぁ、こちらへきて。ていれをしましょう」
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