淑やかな遅刻者
ライノの花の咲き乱れる近郊都市トリスタでは、例年通りトールズ士官学院の入学式が執り行われようとしていた。
トリスタ駅では一般の乗客に紛れて緑色の制服を纏った学生達が列車を降り。街並みの中、堂々と佇む士官学院へと歩いて行く。
黒髪の男子――リィンも、纏う制服の色は違えどその一人。ライノの花に見とれていたところをぶつかってしまった女子生徒、公園や礼拝堂、学生寮の手前、そして士官学院の前。ちらほらと同じ紅色の制服を纏った学生を見かけた。制服の色が違う理由は、後程分かることになる。
結論から言うと、入学式は恙無く終了した。入学式は。
(特科クラス《Z組》、か)
魔獣を切り伏せた太刀を納めながら、リィンは周囲を見渡す。
身分に関係なく集められた特殊なクラス。特別オリエンテーリングと称していきなり古い建物の、それも魔獣の徘徊する区域に落とされたのだ。文字通り。寸分の違いもなく、落とし穴で。
この先にある終点に辿り着けば良いという担当教官の言葉に従い、いまは大まかに男子と女子で別れて行動している。二名ほど例外がいたが。
道中も一悶着も二悶着もありはしたが、同行しているクラスメイト達と協力しながらなんとか終点らしき場所までたどり着くことができた。
あぁ、このオリエンテーリングもそろそろ終わりか。などと考えていたリィン達を迎えたのは、暗黒時代の魔導の産物・石の守護者。それまで遭遇した魔獣と段違いの強さ、堅さ、そして恐るべき再生力。
一度は押し負けそうになったリィン達が、合流した女子生徒達を加え再び攻勢に出ようとしたその時。そのフロアにさらに人がやってくる。気配は三つ。
「間に合いましたね、ブレス!」
「フン……結局こうなったか」
「まぁ、ユーシス様。最後は少し早足でしたのに」
「うるさい」
回復のアーツで発生した緩やかな風のむこうにいたのは、別行動をしていたユーシスとフィー。そして明るい茶髪を二つに結んだ女子生徒。アーツは彼女が起こしたものだった。しかし、入学式でも上のフロアでも、その茶髪の女子生徒を見た覚えはなかった。
……気にしていてもしかたがない、いまは全員で協力して目の前の敵を倒さなければ。そう考え、再びガーゴイルと向き合ったリィンは太刀を握りなおす。
その場にいた全員が武器を構え、同じものを見据える。
ユーシスのエアストライクを皮切りに、フィーが驚くほどの身軽さでガーゴイルの死角に回りこみ刃を浴びせる。勝機と感じたのはリィンだけではなく、他の生徒も一斉に攻撃を仕掛け始める。そこには不思議な一体感があり……事実、全員の体は同じように淡い光に包まれていた。
見えた一瞬の隙に、ラウラがその大剣の一振りでガーゴイルの首を両断する。ゴロリと転がる頭部と、取り残された胴体が元の石像に戻ると同時、まるでそこにいなかったように対面していたガーゴイルの姿は掻き消えた。
危機は去った。
ひとまず安堵し、息をついたリィン達はほぼ一斉に見覚えのない女子生徒に視線をむけた。淑やかな雰囲気に反して、なんとも動きやすそうなスニーカーを履いている。威圧感すら覚える身の丈より大きい鎌を手に、皆の視線を受け止めた彼女は穏やかに微笑んだ。
「少々遅刻をしてしまいまして……。メリル・グリゼルダと申します、どうぞよろしくお願いいたしますね」
武器を持たない手でスカートの端をつまみ、お辞儀をしてみせる。
その流れるような動作より、柔らかく緩められた瞳の色が左右で異なることがリィンには印象的だった。海のような蒼と陽光を浴びた森のような翠。綺麗だと、ずっと見ていたいと思うそれは、人の目に対して初めて抱く感情だった。
まじまじと見てしまっていたのか、メリルが自分に向かって微笑んだことで、リィンはハッとする。表情に不快という感情がなかったことには安心したが少々照れて、リィンはエリオットの話に意識を移した。チラと盗み見れば、メリルも同じように話を聞いている。
入学初日から遅刻をしてきた、どこかちぐはぐな、不思議な雰囲気を持つ少女。それが、リィンがメリルに初めて抱いた認識で、出会いだった。
::3月、入学オリエンテーション