商品棚の前で
自由行動日。すっかり生徒会の手伝いにもなれたリィンは依頼をこなしながらトリスタの街を歩いていた。いまはちょうどアンゼリカと手合せをした帰りだ。
夕方のトワとの約束には時間があるし、旧校舎の調査はなるべく明るいうちに行うべきだろう。……結局歩き回るのは暗い屋内だが。
旧校舎の調査に行く前に、ブランドン商会で消耗品を整えておこうと思ったのだ。店の前の清掃をしていたベッキーが新入荷の商品を案内しながら挨拶してくる。商魂逞しい、ひとつのことに熱心であることは見習うべきだなと思いながら、リィンは店内に足を踏み入れた。
すっかり世話になっている商会の店内に、見慣れたツインテールの後ろ姿。商品棚を眺めるその両腕にはすでに多くの商品が抱えられており。あと二、三品追加すれば、かわりに何かが落ちかねない。そんな様子だった。店主もそれを心配しているのか、カウンターの向こうからチラチラと視線を向けている。
「メリル、少し持とうか」
「きゃっ」
よっぽど熱心に商品をみていたのか、リィンの声に驚いたメリルの体が跳ねた。その拍子に、腕の中でいくつか積み上げられていた商品の中から、ジャムの瓶が落下したのを慌ててリィンがキャッチする。
瓶が床にぶつかって無残な姿にならなかったことにリィンがほっと息を吐くと、頭上からメリルの謝罪が聞こえた。ついでに、店主の安堵のため息も。
いきなり声をかけた自分も悪かった。彼女は人の気配に案外疎い。もちろん何かに夢中になっていたというのもあるだろう。
メリルの謝罪に首を横に振りながら、有無を言わさずその腕の中の商品のいくつかを奪う。あれよあれよとリィンの腕に納まっていく商品達をみて、メリルはまた申し訳なさそうにした。カゴを使うべきか迷ったが、ひとまずこれでいいかとそのままメリルの横に留まる。
「ありがとうございます、リィンさん」
先月の実習以来、メリルは少しずつだが周りを頼るようになった。
一日目の夜に話をしたときはどうなることかと、リィンは自分の招いたことながらドキドキしたが。二日目にはいつも通りの彼女に戻り。そしてその日の夜のローエングリン城、厳密に言えばエベル湖のボートの上で水に落ちかけた彼女をほかのメンバーが助けてから。以前より少しだけ変わった。なにがどうとは、リィンは具体的に言えないが。
揺れるボートの上、自分の腕の中で震えていたメリルを思い出し。こうして動くことのない地に足をつけていると、彼女があんな顔をしなくて良いなと、ふっと思った。
「何をそんなに熱心に見ていたんだ? ここは……輸入品か」
「はい。今週はリベールからの輸入品が多いとベッキー様から教えていただいたのです」
彼女はリベール王国には一種の憧れのようなものがあるらしく――彼女の友人の生まれ故郷、というのも大きな理由のひとつだろう。これまでの実習先でも共和国やクロスベル、レミフェリアから仕入れた品物より、リベールからのものに大きく反応していた。それは農作物であったり、加工品であったり。はたまたZCFの導力機器であったりとジャンルは様々だったが。
「ドラゴンビーンズはマキアスさんが喜びそうですわ。アゼリアの実のジャムは、欲しいといえば欲しいのですけど。寮で皆さんと使うには少々量が少ないですし、だからといってひとりで使うのも……」
「アゼリアの実か。ユミルにいた時に、老師がお土産で持ってきたジュースを飲んだっけな」
「ふふ、老師様は色々な場所のお土産をもってきてくださるのですね」
「あぁ。俺もユミルから出たことはなかったし、老師の話を聞いたり土産物をみたりするのが楽しかったよ」
ふと、リベールからの輸入品をみながらリィンは思う。
「メリルはリベールに行ったことはあるのか?」
「お買い物好きの奥さまの付き添いで一週間ほど。定期船も頻繁にでていますから観光には苦労しませんでしたわ。機会があれば、是非また色々と見て回りたいですけれど」
少々難しいかもしれませんね、とその白い手を頬にあててメリルが息を吐いた。それはきっと国際情勢ではなく、自分の状況を鑑みてだろう。
確かに在学中に旅行はできない。少なくともあと丸々一年は士官学院で過ごすことになるのだから。しかし卒業したあとなら機会はありそうなものだ。卒業の記念に旅行をする、というのも最近ではあるようだし。ただリィンはメリル自身や彼女の家の事情を深く知っているわけではないので、何も言えずに棚に並んだ商品に視線をやり。そして、ふと思いついて口を開いた。
「無事に卒業したら、一緒に行ってみるか?」
「えっ」
リィンも老師の話で聞くリベールには興味があった、なによりあの国には八葉の兄弟子がいる。「もしかして若者二人だけだと変に思われるだろうか」と心配するリィンは、メリルの顔がうっすらと赤くなっていることには気が付かず。店主と、外の掃除から帰ってきたベッキーが深い溜息をついた。
::9月 自由行動日