もうこない明日を


 鉄血宰相による演説の最中、その声の主は凶弾に倒れた。
 上空に現れた、空を覆うような白銀の巨船。そこから帝都に降下し、正規軍を蹂躙していった人型の兵器。
 本来ならば見る事がかなわないはずの、遠く離れた帝都の景色を士官学院の生徒達は見ていた。見せられていた。何者かの力によって。
 帝都にほど近く、要人の子息達が在籍するトリスタが放置されるはずもなく。帝都方面からやってきた装甲車と人型の兵器・機甲兵を迎え撃つために、サラやナイトハルト達は飛び出して行った。
 帝国解放戦線の《C》がクロウであったこと。そしてそのクロウが宰相を撃ったこと。整理がつかないこともあるが、学院を、トリスタを守るために。自分達も戦おうとZ組の生徒達は街道へ飛び出して行く。
 教官達が防衛する門と逆。ケルディック側の街道からやってきた機甲兵は打ち倒したが。隊長機であり、特殊なシールドを張ることのできるシュピーゲルを退ける事はリィン達では叶わなかった。
 灰の騎神が、目覚めなければ。

「解放戦線の皆様、首尾は……よろしくないようですね」

 帝国解放戦線の機甲兵達を見下ろすシュピーゲル。
 それはスカーレットの搭乗しているものとは細かい部分が違っていた。なにより目を引くのはその機体が深い蒼でカラーリングされていることだろう。
 どこか、クロウの乗っていた人形騎士を思い出させる色だ。そしてそこから聞こえてきた、戦場にあるには穏やかすぎる声は、Z組の生徒にとっては聞きなれたもの。
 リィンが、静かに口を開いた。

「やっぱりそっちにいるんだな、メリル」
「元々こちらの人間、が正しいかと。もちろん、予想はされていたでしょう?」
「……あぁ。朝から今のいままで、メリルは姿を消していた。でも、クロウと一緒に駅で目撃されていたのは、もっと違う外見の人間だった。だから――……」
「なるほど、でしたら」

 片膝をついた機甲兵の背部が開き、するりと躍り出た人影が肩部に立つ。
 紅い制服ではない蒼い服。初めてであった時と変わらない、神秘的な蒼と翠の双眸。この瞬間、リィンが乗っているヴァリマールのような灰色の髪。それは、トリスタ駅でクロウと一緒に目撃されていた少女と同じ髪の色だった。
 ふわりと微笑む様子は昨日までとまったく同じ、自分達が見慣れたものだ。それこそ、リィンが昨晩食堂で談笑した時に見せたような。
 だからこそリィンは、どうしようもない思いだった。
 『また明日』と別れて、このように顔を合わせた事も。何も気がつけなかったことも。いまこうして対立しているのに、まるでなにも感じていないようなその振る舞いも。色々な感情がない交ぜになって、胸を裂く。
 どうして、と思う。
 自分達を置いて、何も言わずに、どうして。
 自分に、何も言ってはくれなかった、どうして。

「本当、なんだな。本当に、クロウと一緒に駅にいたのは、そこにそうしているのは」
「そうです。貴族連合の末端として動き、皆さんと敵対し、トリスタを占拠せんとする。クラスメイトである前に、それが、本当のわたくしですわ。……もうひとり、同じような言い分をされる方がいらっしゃるはずですけれど」
「なにを、」

 メリルが空を見上げると、蒼穹に紛れるように何かが空を駆けてくる。
 近距離になってようやく、それがヴァリマールと同じような蒼い騎士人形だと分かると同時、それは街道に降り立った。

「――よぉ、待たせたな」

 蒼い人形騎士から聞こえてきた《C》……クロウの声に、メリルは自分の用は済んだとばかりに機甲兵に乗ると、破損していたドラッケン・シュピーゲルの両方を支えて後方に下がる。何をするか、だいたいは察したのだろう。
 それを見たクロウはヴァリマールの前に出た。
 ふと思い出す、演説が始まる前の通信。メリルなりにケジメをつけられたのだろうか。頭の片隅でそうであればいいと思いながら、クロウは灰の騎神に語り掛けた。

「久しぶりだな――って昨日の夜、一緒にメシを食ったばかりだったか。だがずいぶん遠くに来ちまった気がするぜ」


 ***

 灰と蒼の戦い。
 一度はリィンがクロウに膝をつかせたが、クロウが『奥の手』を出すと一転、形勢が逆転する。
 空を仰いで倒れるヴァリマールに、本来の獲物であるダブルセイバーを手にした蒼い騎神が近付く。ぼんやりと光るラインが異様さを感じさせるその機影に、リィンは思わず息を呑んだ。騎神からフィードバックされる痛みに顔を歪めながら、ゆっくりと歩んでくるそれを見つめる。

「させるか――!」

 まるでヴァリマールを守るように、蒼い騎神に立ち塞がるように。Z組の生徒が各々武器を持って前に出る。
 この先の未来のためにリィンを逃がすのだと、自分達は大丈夫だからと。
 そんな仲間の声をリィンは嫌だと拒絶するが。どこからともなく聞こえた無機質な声からの『離脱』の提案を、黒猫・セリーヌは受け入れた。赤い警鐘で満たされた核の中。仲間の背中と、その向こうの蒼い騎神とメリルの乗るシュピーゲルが見える。
 先程の戦いとは打って変わって、リィンの意思と関係なくヴァリマールが起き上がり、今にも空に飛び立たんと身を屈めた。やめろ、と叫ぶも。その巨体はリィンの言うことを聞かない。

「できれば、もう二度と会わないことを祈っています。……さようなら、リィンさん」

 そんな声が聞こえたのが先か、ヴァリマールが飛んだのが先か。
 地上に残ったZ組の仲間に蒼い騎神が近付いていくのを見ながら、リィンは悲痛な叫びをあげた。
 大切なものに、手は届かない

::10/30、閃終了。



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