焔の瞳
十二月ともなれば、頬に当たるすっかり風は冷たい。
「リィンさん、大丈夫ですか?」
メリルの穏やかな声に、リィンはハッと顔を上げる。
ケルディックの焼き討ち――その惨状が、カレイジャスへ乗り込んでいた人間に与えた衝撃は大きかった。
ケルディックで生まれ育ったベッキーはもちろん、初めての特別実習でケルディックを訪れたリィン達A班も、潜伏中に世話になっていたマキアス達も。明るく賑わい人々の活気で溢れていた街が黒く焼け爛れ、煙をあげているその様子。さらにオットー元締めの死に、言葉を失くしていた。
夕方。出来る限りの救援活動を手伝い、ひとまずカレイジャスに戻ってきたリィンは一通り艦内の様子を確認して、自分も落ち着こうと甲板に出た。地上に停泊しているため、緩やかな風をうけるだけの甲板。そこに先客としていたのがメリルだった。
「俺は大丈夫だ。メリルは、」
大丈夫か、と聞こうとしたリィンをメリルは緩く首を振ることで制した。リィンが口を閉じる。ゆっくりと、メリルは夕日で赤く染まるケルディックを見た。
「心配をされる権利はわたくしにはありません。西部では、わたくしが同じことをしてきたのですから」
「それは」
事実だった。
メリルが西部の戦線で戦っていたことは、帝国時報と領邦軍の兵士達の会話から知っていた。双龍橋で彼女が搭乗した機甲兵の鮮やかな動きを覚えている。リィンが耳にしていたことは本当なのだろうなと、その時に思った。カレイジャスが士官学院の生徒達に引き渡される時に行われた情報交換、西部や貴族派の状況を誰よりも知っていたのはメリルだ。
彼女は、戦場に立っていた。戦争を、していた。
「戦闘は民間人のいない場所で、戦車は大破させないように……そう戦って、死傷者を抑えてきたつもりです。つもりであって、ゼロではないのですけれど。機甲兵の中から、大なり小なり、戦場は見てきましたわ」
「……」
「自分の足でケルディックを見て、初めて理解しました。機甲兵に乗ったわたくしの足元で、わたくしがしたことで、あのように恐怖を与えていたのだと。……到底、許されることではないでしょう」
だから、とメリルは続ける。
「許されることではないから、止めたいと思うのです。あのような事を誰にもさせてはいけない、それを受ける者もあってはならないと。そう、思うのです」
冷たい鋼鉄の中からでは人々の小さな嘆きも苦しみも聞こえはしなかった。煌々と燃える炎の熱さも、身を汚す煤の混じる空気も感じることはなかった。戦闘の後、数字として出される死傷者をなぞってもどこか現実味が無く、心は揺れもしなかった。
目を覆って、耳を塞いでしまいたくなるような嘆きを。呼吸のたびに喉を焦がすような熱さを。怒りと悲しみと諦めと、言い尽くせない感情が渦巻く空気を。人が死んでいく様を。偽りなく自分自身で感じて。メリルは救助の手伝いをしている間、己の手がずっと震えていたのを覚えている。皆がいるからそこにいるのではなく。自分自身の意思で内戦を止めたいと、初めて強く願った。
夕日をうけるリィンの紫色の瞳を、メリルは見つめる。リィンも同じように、メリルの瞳を見ていた。
「リィンさん」
強い人。優しい人。前をむいて、進んでいける人。そうなりたくて――なれなくて。それでも、その人を支える事は弱い自分にもきっとできると、言い聞かせて。メリルはゆっくりと口を開く。
「アルバレア卿を、止めましょう」
「あぁ、必ず」
いつの間にか強く握りしめていたメリルの手を、そっとリィンが開かせた。気負うなというように温かい手が重ねられて、メリルは息を詰まらせる。泣いてしまいそうになり、ゆっくりと瞬きをして涙を隠す。リィンはそんなメリルを静かに見ていた。
「アルバレア卿を止めよう、一緒に」
「はい!」
ふたりで確かに頷きあって。そうしてゆっくりを手を離す。
「わたくし、トワ様のお手伝いをしてきますわ」と、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて艦内に入っていくメリルの背中を見送って。リィンは未だ煙をあげるケルディックを遠く眺めた。焔ではなく、夕日で燃えて翳る街。まっすぐにそれを見つめ、数回の瞬きのあと、リィンは先程のメリルの瞳を思いだす。
強い瞳をしていた。己の意思の無さ、弱さを嫌悪していたメリルが見せるようになった強さ。パンタグリュエルで再会してから、より強く、煌めいていく。それを見るたびに、見つめるたびに、リィンはメリルの変化を実感するのだ。その変化をそばで見ていたいと思うし、共に成長したいと思う。
メリルはきっと、これからも強くなっていくのだろう。それでも。この甲板で零れた涙を覚えている。黒竜関の橋から花束を投げた手を覚えている。焼け落ちた街、嘆く人々を前にして震えていた手を覚えている。夕日に焼かれながら、震えた睫毛を覚えている。だからどうしても、支えたいだとか、守らなければという気持ちが先走ってしまう。それはもしかしたら、メリルにとっては迷惑かもしれないが……。
そっと目を閉じて、消えていった背中を思い出す。きっと、明日の作戦は成功させよう。させなければ。改めて決意して、リィンは踵を返した。
12/24、ケルディック焼き討ち後