六月の花嫁


 見事な青天から落ちてくる雨粒に、リィンは慌てて如水庵の軒下に駆けこんだ。雨の予兆など感じさせない天気だったからか、リィンと同じように慌てて雨宿りをする住民や生徒がちらほらと見られる。
ゆっくりとした足音が聞こえて、街の様子から音の主に視線を向けたリィンはぎょっとする。雨など降っていないかのように優雅に歩いてくるのはメリルで、軒下のリィンの横に並ぶとにっこり微笑んだ。

「ふふ、突然の雨は困ってしまいますわね。あちこちから洗濯物の心配をする声が聞こえてきますわ」
「最近は導力式の乾燥機なんかもあるらしいけど、まぁ高いだろうな」

 RF社の新型についていた値札の零の数を思い出して、リィンは苦笑いした。新任教官には手の届く金額ではない。
しとしとと降る雨、その向こうに広がる青空を眺めるメリルにつられて、リィンも空を見上げる。幼い頃、ユン老師と修行をしていた時もこういった天気雨に降られることがあったのを思い出す。そのまま鍛錬を続ける事もあれば、いまのようにユン老師と肩を並べて雨をやり過ごすこともあった。

「狐の嫁入り……だったか。東方では天気雨の事をそう呼ぶこともあるらしい」
「雨が降っているのに嫁入りですか?」
「狐の花嫁行列を人目につかせないために狐が降らせているとか、雨乞いの為に生贄にされた狐の花嫁の涙だとか。地方によっていろいろあるらしい。俺も随分と昔にユン老師に話を聞いただけなんだけど」
「成程。帝国ではこういったことは精霊のせいにされがちですが、東方はそういった風に伝えられているのですね」

 折角でしたら縁起の良いものであってほしいですが。と言って微笑んだメリルは、暫く沈黙した後なにかに想いを馳せるように頬に手を当てた。

「ノルドには精霊信仰に基づいた婚礼があるそうですが、やはり東方にも独特のものがあるのでしょうね」
「そうだな。花婿は家紋入りの袴、花嫁は白無垢っていう着物を着て、神前で加護を願うんだったか……。やっぱり、興味があるものか?」

 七耀教会で行われる結婚式も、花嫁からのブーケトスを目当てに人が集まるというし。ドレス、それもウエディングドレスに憧れる女性が多いこともリィンは知っていた。なにより、いまリィンとメリルは恋人同士。お互い家庭の事情はややこしい事になっているが、すべてが片付いて平穏に暮らせるようになったら……という気持ちは、リィンの中にも在った。

「無いと言えば嘘になりますが。わたくしも、わたくしの周りが落ち着く気配もありませんし、あまり現実味がないというのも本音ですわ」
「はは……。俺もそれは否定できないし、少し耳が痛いな……」

 雨音を耳に、リィンはふむと手を口元にあてて思案する。
ノルドの婚礼は高原の雄大な自然のなか、風と共に祝うようなものだったはずだ。高原の緑と蒼穹、吹き抜けるノルドの風。想像をするだけで、良い日になるだろう事は確信できる。東方風はどうだろうか。着物をきたメリルも見てみたいが、リィン自身その"白無垢"を見たことが無いためなかなか想像が難しい。――となれば、あとは七耀教会で行われるものだが。

「メリルはどういうドレスでも似合いそうだな。普段から服装はフォーマル寄りだけど、白はあまり着てる所をみないから新鮮だろうし」
「あの」
「そうでなくてもドレスを着ている所を見る機会は少なかったから、個人的にはもっと見てみたいというか……」
「リィンさん。生徒さんが、いらっしゃるので……」

 フェードアウトしていくメリルの言葉にリィンはハッと軒下の状況をみる。いつの間にか雨宿りの人数が増えており、中には分校の生徒もいた。
どこか生温かい目で見る者、またやっていると言わんばかりの盛大な溜息をつく者。反応は様々だったが、先程までのリィンの言葉を聞いていたことは容易にわかる。

「この話は、また今度しよう」

咳払いをしたリィンと同じように、頬を赤く染めたメリルが俯いて先を見た。

::6月、リーヴスにて



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