寒い日の


 
 寒い。と小さく聞こえた声にリィンは振り返る。その先では白い息をふっと吐きながら、メリルが己の身を抱いていた。
数回目のユミルの冬。育ちがユミルのリィンは寒さも雪道も慣れたものだが、メリルは違った。寒さに弱い彼女は、冬のユミルを訪れるたびに寒さに震え、触れた物の冷たさに肩を跳ねさせ、雪道を酷く警戒しながら歩いた。

「寒いのか?それなら外がもう少し暖かくなってから……」
「それほど酷くはないですわ。部屋が暖かったぶん、余計寒く感じるだけで。数分も経てば慣れると思います」
「でも寒いんだろう。体を冷やすのはよくない、ほら」

 リィンは自分の着ていたコートをメリルにかける。体格の差ですっぽりとコートに覆われたメリルは、彼女の着ていた防寒具もあってどこかもこもことしていた。平気と言ってはいてもやはり寒かったのだろう。いつもならコートを返してこようとするメリルは、今回は大人しくコートの前を手袋をはめた手で抑えている。ぎゅっと縮こまるような動作はなにか小さい生き物のようで、可愛いなとリィンは小さく笑った。

「わたくしがユミルの冬の寒さにいつまでも慣れることができないのは、リィンさんが甘やかすからではないでしょうか」
「それはそれでいいじゃないか。慣れない間、俺がずっとメリルを甘やかせて」
「そ、れは。リィンさんは良いかもしれませんが」

 機嫌が良さそうなリィンの声色に、寒さとは別に頬を赤くしたメリルが言葉を濁す。リィンが良いというと強く反対できないのがメリルだった。だからリィンもわざとそういう言い方するのだが、それをわかっていてもなおメリルは強く反対しない。
少しの沈黙。いつの間にか弱くなった雪のなか、ロープウェイまでの道をふたりならんで歩く。

「今朝、」
「うん?」
「今朝、ルシア様のお手伝いをと外に出ようとした時。リィンさんが駆け寄ってきてわたくしを防寒具でぐるぐる巻きにするものですから、お手伝いをしている間ずっとルシア様が楽しそうに笑っていましたわ。『過保護に拍車がかかったわね』と」

 恥ずかしそうに、しかしルシアと過ごした時間は楽しかったのだろう。どこか嬉しそうにも見える顔でメリルが話す。実はあの時階段のうえからテオも自分達ふたりを見て笑っていたのだが、メリルはそちらは気付いていなかったようだ。そのことをメリルに教えても良いのだが、雪でも溶かすのかと言いたいくらいに赤くなるだろうから、リィンはそっと胸にしまっておいた。
寒さが少しは楽になってきたのか、体の力が抜けてきたように見えるメリルを横目で眺めて、口を開く。

「ユミルにいると、メリルが寒さで弱るから。俺は好きなだけメリルの世話を焼けるだろう。俺はそれが結構好きなんだ。いつも、俺が世話を焼かれる側だから」

 人の面倒を見る事が好きなメリルはいつもなにかとリィンの世話を焼く。彼女がそうすることで満たされるとわかっているリィンはそれを受け入れるが、されたままというのはどこか気持ちが悪い。
だから、リィンが”できる”と思った時には思う存分、リィンからメリルの世話を焼くようにしている。最初はどこか居心地悪そうにそれを受け入れていたメリルも。最近ではすんなりと、しかし恥ずかしそうに受け入れている。

「嫌か?」
「……リィンさんは、ずるいですわ。そういう言い方をしたら、わたくしが嫌とは言えないと知っているでしょう」
「でも、こういう言い方をしなくても。嫌とは言わないだろ」

 こくり、と小さく。確かに頷く。リィンにはそれだけで充分だった。

 

::W後 冬のユミルで



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