菓子は未来を語るか
明日、二月十四日はバレンタインデーである。
関係性も贈る物もさまざまだが、基本的には大切な相手になにかを贈るイベントだ。士官学院では女子生徒が男子生徒にチョコをおくったり、女子同士で菓子を交換するのがメジャーなようだった。数日前どころか、二月にはいってからその話題をちらほら耳にしていた。
そんな学院の様子を思い出しながら、平和だなとリィンは呟く。去年のいまごろは内戦終息直後、リィンは臨時武官としてクロスベルに滞在していた時期だった。それは、メリルも同様で、彼女も臨時武官としてリィンと行動を共にしていた。
トールズ士官学院第三寮。リィンとメリル以外のZ組の生徒が卒業してから、そこを寮として使っている生徒はいない。時折、学院関係者が宿泊することもあるそこはいまだ水も導力も繋がっており。清掃という名目でリィンとメリルはこうして足を踏み入れていた。実際清掃もしているのだが、清掃以外の時間があることを学院長達は知っていたし、目を瞑っていた。
いまはまさに清掃以外の時間だ。リィンの視界にいるメリルは製菓に勤しんでいる。もちろんそれは、明日のために作っているのだろう。数本目のパウンドケーキの生地を混ぜるメリルに声を投げる。
「それ、誰の分なんだ?」
「パトリック様達の分ですわ。先程のものはミント様達の分です、あちらは職員の皆様に」
にこにこと笑う様子に、楽しいのだろうなとわかる。何かを作って贈り、相手に喜んでもらう。メリルの好きそうなイベントだ。ここ最近の彼女なら特に。メリルにバレないように、リィンはちいさく溜息を吐いた。
他の生徒に菓子を渡すことが嫌な訳ではない。こうして調理場に篭り始めてそこそこ長い時間がたっているが、作られる菓子の贈り先のどれも、リィンのりの字もない。一応、恋人というものであるから、期待してしまうのだが。……逆チョコなる文化があると知り、リィンはリィンでチョコを購入してあることは、置いておいて。
「俺の分は?」
ぱちり。瞬きをして、メリルがヘラを握る手を止めた。
「えっと、ですね」
言葉を選ぶように、メリルの目線がリィンを避けていったりきたりする。
「自分で作ったものがよいのか、職人が作ったものがよいのか。そもそも食べ物でなくとも生花ですとか、ハンカチですとか。ペンでしたら卒業してから使えますし……。色々悩んでいたら、今日になってしまいまして。その、ご用意できていないのです」
ごめんなさい、としゅんとして俯く姿に、せかすようなことを口にした罪悪感が湧く。今度はリィンが目線を逸らす番だった。
ただ、そこまで贈り物を真剣に悩んで考えもらえるというのは嬉しいことで。口で「ごめん」と謝りながらも唇は歪んでしまいそうだった。表情筋を気にしながら立ち上がり、手を洗い、メリルの手からボウルとヘラをそっと奪う。リィンさんと不思議そうに名前を呼ぶメリルの、ひとつにまとまった髪が揺れた。
「手伝うよ。腕、疲れてるだろ」
「それはたいへんありがたいのですが」
「大丈夫だ。上手に膨らまなかったぶんは、全部男子に渡せばいい」
包装くらいは綺麗にしてやるからとつづけたリィンに、メリルがくすくす笑った。
ヘラを片手に、リィンは士官学院に入学する前、ユミルで暮らしていた時のことを思い出していた。ルシアやエリゼの菓子作りにたまに協力していたため、回数は少ないながらも経験はある。なんとかなるだろう、多分。いやそもそも、男子に渡る分ならば頑張る必要はないのではないだろうか。複雑な思いをヘラにこめて、切るように混ぜる。
「……ふふ」
「どうした?」
生地に混ぜるキャラメルクリームや酒漬けしたドライフルーツやチョコチップを並べていたメリルが、ヘラ片手に生地を混ぜるリィンを見て穏やかに笑った。昏い場所から急に明るい場所にでたような、なにか遠くのものを思うような、そんな瞳の細めかた。
思わず手を止めたリィンにさらに笑みを深めて、メリルがゆっくりと唇を開く。
「これから先もずっと。こうしてリィンさんの隣で眺めていられたら良いな、と」
これからさきも、ずっと。
次も、その次も。幸せそうな声で未来を望む言葉に、リィンは今度こそ破顔した。バレンタインは明日だというのに、すでに貰いすぎているような気になってくる。リィンの自室にあるチョコだけで、つり合いが取れるのかと疑問に思うほど。
皆に菓子を渡して満ちる幸せがこれまでのメリルだとして。こうして横で甘く笑う幸せだけは、自分と共に歩むメリルのものだ。そしてそれは、横にいるリィンのものでもあった。ならばまぁ、自分以外に渡される菓子の1つや2つ、許容できるというもの。
キャラメルとチョコレートの甘い匂いを吸いこんで、肺まで満たされる。酒漬けされたフルーツのように、多幸感に浸される。未完成の菓子は己の横に。筋が仕事をせずに緩む顔をそのままに、笑う。
「ふ、はは」
「どうかしましたか?」
「いや、」
プロポーズみたいだなと思って。
二年生、バレンタイン