あの花が咲くころ


 駅前にひっそりと止められている紅に染められた導力バイク。朝はなかったそれにユウナの目は釘づけになった。導力車が普及しはじめた現在、このリーヴスで導力車を見ることはあったが、導力バイクを近くで見るのは初めてだった。もちろんその存在自体は知ってはいたのだが……。
 ユウナの視線の先にある物に気が付いたのかアルティナも足を止め、何かを思い出そうとするように顎に手をあてる。二人の後ろを歩いていたクルトも、導力バイクに気が付くと「珍しいな」とユウナと同じように興味深そうに眺めた。

「どうしたんだ三人とも、そんなところで立ち止まって」
「リィン教官。あちらの導力バイクですが――あ」

 ユウナ達の後ろから歩いてきたリィンは、導力バイクを見ると目を見開き、そして辺りを見渡した。どこか落ち着かないその様子にユウナとクルトは首を傾げ、アルティナはやはりといった顔でそれを見守る。
 紅の導力バイク。それはリィンのよく知る人物が常用しているものだ。量産化が成された導力バイクだが、ここまで見事な赤いものは一般には出回っていないだろう。もちろん個人で塗装したのなら話は別だが。
 バイクがここにあるのなら、持ち主も近くにいるだろう。見回すリィンの耳が急いだような足音を拾う。聞きなれた足音。聞きなれた、いつだって恋しいと思う、自分の名前を呼ぶ声。振り返って、その姿を視界にいれて、リィンは足を踏み出す。

「メリル!」
「リィンさん! お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ああ。リーヴスに来るとは聞いていなかったから驚いたよ」

 柔く自身を拘束する腕を抵抗せずに受け入れた相手――メリルは、抱き締めかえす腕を緩めると「驚きましたか」と笑った。
 士官学院を卒業してからすぐにトリスタを出て行ったメリルと直接会うのは久しぶりで、……そもそも卒業からいまこの時まで音信不通だったのだが。リィンは嬉しいという気持ちを隠そうともせずにもう一度抱き締める。久しぶりに感じる柔らかさと肺を満たす香りをそのまま堪能していたかったが、背中に突き刺さる視線に体を離した。
 放課後とはいえ教官は教官であるし、と自分に言い聞かせて振り返ると案の定教え子達が揃ってリィンとメリルを見ている。体を離して、一歩引いたメリルがリィン越しにユウナ達を見て顔を輝かせた。

「そちらが新しい”Z組”の皆様ですか?」
「ああ。ユウナにクルト、アルティナは……久しぶりになるのか」
「そうですね」
「卒業前に受けた要請以来になりますわ。そちらのお二人は初めまして、ですわね。トールズ士官学院卒業生のメリル・グリゼルダと申します」

 よろしくお願いいたしますね、と優雅に一礼してみせたメリルに、リィンは自分達の特別オリエンテーリングを思い出し、ユウナとクルトは各々挨拶をした。暫しメリルの微笑みを眺めていたリィンだったが、彼女がリーヴスに来た目的を知らないことを思い出す。リィンに連絡をしなかったのは、本人がいう通り驚かせたかったからだろうが、それだけの為にこの街にくるだろうか。リィンが知らないところで政府の要請があったのではないか。そう思うと、すぐに頭を心配が占める。

「メリル、リーヴスには何か用事でも?」
「はい、オーレリア将軍にご挨拶を。内戦以降お世話になりましたので……わたくしは卒業という区切りもつきましたし、将軍も分校長に就任なされたとお聞きしましたから」
「よく迷わなかったな?」

 メリルの方向音痴を思い出してリィンが小さく笑うと、抗議するような目線を向けたメリルが小さな声で否定する。とても近くて、誰から見ても仲睦まじいその様子。置いて行かれたままのユウナは訳知り顔、というより本当に関わりがあったであろうアルティナに視線を向けた。

「お二人は恋人同士です」
「あ〜なるほど……なるほど!?」

 声を大きくしたユウナははっと口をおさえる。
 若き二人の乗り手についてはクロスベルタイムスでも何度か取り上げられていたが、”灰色の騎士”と”鋼の令嬢”がそういった関係だとは、クロスベルのメディアではさっぱりでてこなかった。ゴシップ誌にさえ載っていた記憶はないし、噂を聞いたこともない。もちろん、メディアが全てではないとわかってはいるし、メリルの頬に手を滑らせているリィンの表情を見れば、納得しかないが。
 それにしても、とユウナはジト目でふたりを見る。

「近い!」
「ユウナ。一応久しぶりの再会みたいだから、目を瞑ってあげたらどうだ」

 クルトも六割ほどユウナに同意だったが、苦笑い混じりに見守っている。アルティナは慣れているのか、ぼんやりとふたりの話が終わるのを待っている。そんな二人に挟まれて、ユウナは居心地悪そうに視線を泳がせた。そもそもここは道端なのだ、どこか屋内だとかふたりきりになってからすればいいのに。そもそも、自分達だって律儀にリィンを待たずに寮に帰ればよいのだ。しかし、リィンとメリルをこの場に置き去りにしていくことは憚られる。ぐぬ、と唸ってから数秒。ユウナは口を開いた。

「ちょっとお二人とも! イチャつくなら道端じゃなくて寮とかにしてください!」
 

::4月、ライノの花が咲くころに



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