困惑は乳海に沈み


 ホットミルクが目の前に置かれる。礼を言ってからそれに手を伸ばし、白い水面を見つめてアルティナは黙った。
 その様子をみて首を傾げたのはメリルだ。食堂の片づけをしている最中、「参考に話が聞きたい」と声をかけてきたのはアルティナで、その彼女はどう切り出すか迷っているように見える。一年間要請で関わり続けたからか、アルティナのあまり変化のない表情からも少しは察する事ができた。で、あれば自分から切り出すべきだろうとメリルは口を開く。

「アルティナさん、学院生活で何か困り事でもありましたか?」
「はい。所属する部活動を決めるというミッションが与えられました。ですが……」

 部活動。本校では廃止されたはずだが、分校は残すようだ。アルティナの話をきくと、どうやら所属しないという選択肢は用意されておらず。どの部活堂にも所属しない生徒は”分校長に奉仕する生徒会”へ入ることになるらしい……オーレリアの下で奉仕ができるのなら、それはそれで喜ばしいとメリルは思うのだが、分校の生徒はそうでもないようだ。
 眉を寄せたアルティナが小さな手でマグカップを包んでいる。その指先が、カリと陶器を撫でた。

「自分のやりたい事を探してみろとリィン教官に言われ。参考になりそうな書籍等を閲覧しましたが、選択の幅が広まるばかりで……」
「そうですわね。いきなりやりたい事を探せと言われても正直難しいと思いますわ、しかも期日も迫っているということですし。仮入部というものがあれば、また違ってくるのでしょうけど」
「メリルさんは、学生の時はなにか部活動には所属していたのでしょうか?」
「わたくしはどの部活にも所属していませんでしたわ。色々な場所のお手伝いをすることが好きだった――……というより。わたくし、どの部活動にも興味がありませんでしたから。何か指示があればそちらに所属していたでしょうけれど」
「……ちなみに、リィン教官は」
「リィンさんも部活動には所属していませんでしたわ。ただ、普段から生徒会のお手伝いをされていましたね」
「ふむ……」

 リィンとメリルの在学時は部活動への参加が自由だったので、あまりアルティナの参考にはならないだろう。
 いまもし自分がなにか部活動を選べと言われたら、どういう風に選ぶだろうかとメリルは頬に手を当てた。料理は得意なので調理部でもよい。水泳部は論外。そもそも体力面を考えると運動部はあまり向いていないだろう、苦手な部分を伸ばすのであれば選択肢にははいるだろうが……。
 それにしても。リィンもアルティナの自己意識が薄いことを解っているのだから、もう少し早く話してあげるということはできなかったのだろうかとメリルは小さく溜息を吐いた。この小さな……恐らく本当に小さな少女を、メリルはどこか親しく思っている。それは一年関わり続けたこともだが、アルティナのこの意思の希薄な部分を薄らと昔の自分に重ねてしまうからだ。手助けをしてあげたいと、願ってしまう。
 そっと、隣に座るアルティナの頭に触れる。リィンが時折自身にするように、さらさらとした髪を撫でた。思考の海に沈んでいたアルティナはそれにぱっと顔を上げるも、何も言わずメリルの手を拒むこともなかった。

「刻限に間に合わなくても良いのだと思います。アルティナさんが自分で選ぼうとこうして考えることが何よりの第一歩ですわ。もし、間に合わなかったら一緒に期間を伸ばしてもらえないかお願いしに行きましょう」
「リィン教官に、ですか?」
「いえ、オーレリア様に」

 大人しく撫でられていたアルティナがその名前を聞いてきゅっと眉を寄せた。なるべく避けたい、そんな顔だ。
 それを見て微笑みながら、メリルはこの小さな可愛い後輩の学院生活が良きものになるといいとそっと願った。自分にとってトールズ士官学院Z組という居場所が特別になったように、アルティナにとってもあの学院が心地の良い場所になってくれれば良い。もっと願うのなら、この普通でない少女が、ごく普通の女の子のように過ごせるようになれたらと。
 撫でる手を止めて、春の新芽のようにうつくしい緑をした瞳をみつめる。あまり力になれなかったことを謝るメリルに、アルティナが首を横に振った。

「期限に間に合わなかった時の対応に一つ選択肢が増えましたので。ありがとうございます」
「ふふ。もし部活動が決まったら、わたくしにも教えてくださいね。アルティナさんのこと、応援したいですわ」
「……では、定時報告をします」
「そ、そこまで大げさでなくとも大丈夫なのですけれど……」

 柔らかい微笑みを苦笑いにかえたメリルに、アルティナはこてんと首をかしげた。
 

::4月、後輩の部活動選びについて



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