あなたいろ


「これ、つけてみてくれないか?」

 普段通りの夕飯を済ませ、リビングでくつろぐ日常の一コマ。自室から戻ってきたリィンから渡されたものを見て、メリルは顔を綻ばせる。大ぶりのリボンバレッタはリィンが好んで贈る深紅色。メリルの所持品にじわりじわりと増えつつあるその色を手に、メリルは首を傾げた。

「ありがとうございます、リィンさん。突然でしたから、少しびっくりしましたわ」
「あぁ……ほら、髪飾りならいくつあっても困らないだろう? 前にひとつ壊れたって言っていたから」
「ああ、それで。ふふ、大事に使いますね」

 柔らかな灰色を彩る深紅に満足気に笑ったリィンの手はそっと髪を撫でて離れる。それに少しだけ寂しさを感じながらメリルはリボンに触れた、指先で感じる凹凸は金糸の刺繍で、布地もしっかりとした物だ。リィンが好む色を身に着けているという高揚感と、自分のふとした一言を覚えて貰えていたことへの喜びが、自然と笑みになって漏れる。甘えるようにリィンの肩に身を預ければ、リィンもそれを当たり前のように受け入れた。ふと、流していたラジオから今後の天気についての話が聞こえる。
 二人が学生時代に聞いていたトリスタ放送局ではなく帝都の話題が中心の番組で、今後の天候の予想や各観光地の現状などが軽く紹介されていた。寒さが和らぎ、日差しが暖かい日も続くこの頃、ライノの固い蕾が綻び始めるのも近いだろうということだった。
 ライノの花で思い出すのは、トリスタの街並みだ。リィンが教職を続けているリーヴスや、いまこのアパルトメントのある帝都・ライカ地区にもライノの木は存在しているが、リィンとメリルどちらの記憶に深くあるものといえば、やはり自分達が学生時代をすごした地で咲き誇る淡い色の花だった。
 リィンもメリルと同じものを思い出していたのか、ふっと表情を崩した。

「試験の準備でバタバタしていたけど。そうだな、もうそういう時期か」
「去年は皆さんとお花見ができたので、とても嬉しかったですわ。今年は難しそうですけれど……」

 昨年の春は数カ月前から皆の予定を調整したこともあり。各地で忙しくしている旧Z組の面々はもちろん、学院を卒業して数年経った新Z組の五名も揃っての花見となった。どこから聞きつけたのか他の卒業生達が加わったり、遊撃士が顔を出したりととても賑やかで楽しい時間だったと、昨日の事のように思い出すことができる。
 今年は皆なかなか調整ができずにこの時期となってしまった。バラバラに顔を合わせることはあっても、皆が揃ってというのは難しいだろう。
 ふぅと寂し気に息を吐いたメリルの頭を、リィンが撫でた。

「皆で行くのもいいけど、ふたりきりも良いと思うぞ」
「ふふ、そうですわね。見頃になったら、ふたりで見に行きましょう」 

 ふたりきり。
 その言葉にこんなにも胸を弾ませてしまう自分を、メリルは少し恥ずかしく思った。数秒前までは皆で集まることができないことを残念がっていたのに、リィンからの言葉ですぐに喜んでしまう自分は薄情者なのではないかとも思った。ここ数年は二人でいる時間が多いというのに、改めて『ふたりきり』と口に出されると、とても特別に感じるのだ。
 こうしていま家にいる時もそうだ。士官学院の教官ではないリィンを独り占めしている。素敵で、大好きな人を自分だけがこんなにも近くに感じることができる。そんな優越感と幸福感に満たされて息をしている。
 さらりと零れた髪を飾る深紅のように弾む鼓動は紅く、隣にある体温はまるで春の始まりのようで。ふふ、と吐息のような笑みをのせて、メリルは目を閉じた。

::同棲軸、贈り物の話



ALICE+