すきののろい


 身体に害はないと思います。
 エマのその言葉にリィンはほっと胸を撫で下ろした。いかにも呪いですといった様子の攻撃がメリルを直撃してから、気が気ではなかったのだ。

「……でも、呪いであることに変わりはないんだな?」
「はい。何もしなくても今日中には解けると思いますよ」
「そうか。よかったなメリル。折角だし、今日は少し休ませてもらったほうがいい」
「私もそうしたほうがいいと思います。何かあってはいけませんし」

 先程から静かな呪われた張本人に二人が視線を向けると、そこにはニコニコと満面の笑みを浮かべたメリルがいた。彼女が常に浮かべている穏やかなものではなく、子供のように喜色を全面に出した笑い方。それはメリルが憧れ、模倣しようとした太陽と似たような笑顔だ。

「メリル……嬉しそうだな?」
「はい。リィンさんとエマさんがわたくしの心配をしてくださるのが嬉しくて」

 今度こそリィンとエマは顔を見合わせた。メリルはここまで素直に顔にも言葉にも出さない。やはり様子がおかしいぞと表情を硬くしたリィンに、一言二言メリルと話していたエマがどこか苦笑いのような表情を浮かべて話しかけた。その声色は、少し笑っている。

「メリルさん。いつもより欲望に忠実といえばいいのか……ええと、少し自分の気持ちに素直になっているみたいで。やっぱり体には変化はないようなので」

 私はお邪魔しますね、とそそくさと医務室を出ていったエマを引き留めようとあげた手が虚しく空を切り、溜息とともに手を下ろす。ベッドの脇、備え付けの椅子に座ったリィンはいまだ笑みを浮かべているメリルを見た。
 メリルが笑っていることが嫌なわけではない。むしろ、普段年相応とはいえない部分のある彼女のこういった表情は貴重なので、嬉しいとすら感じる。呪いでなければ手放しで喜べただろう。
 腰かけているベッドをぽすぽすと叩きながら「こちらへ来てください」とメリルがリィンを呼んだので、大人しくリィンは彼女の隣に腰を下ろした。と、同時にメリルがリィンの腕に抱きつく。飼い主に甘える猫のように頭をよせ、靴のないつま先がぴこぴこと動いている。次は喉でも鳴るのではないかと行動を凝視していたリィンをメリルが見上げた。

「リィンさん、好きです」

 蜜のような声が好意を紡ぐ。
 くんと体を伸ばして目を閉じたメリルに応えるようにリィンは唇をよせる。普段よりも積極的に舌を追うその姿に、リィンはここが医務室でよかったと心から安堵していた。不特定多数の入ってこない個室であれば手を出していたかもしれない。一回、また一回と唇を重ねていく。
 リィンの体に縋るようにして息を整えていたメリルが今度はリィンの膝に跨り、その首に腕を回した。

「抱きしめていただけますか?」
「俺が抱きしめられてるんだけど……ほら」

 言葉通り抱きしめれば、嬉しそうな吐息が耳をくすぐった。
 自分の気持ちに素直ということは、普段から少なからずこういう接触をしたいという気持ちがメリルの中にあるのだろう。しかし、その全てをリィンに伝えることができない性格であると理解している。手を繋ぐことも、唇に触れることも、リィンが言えば拒まない彼女はそれを自分から言い出すことは少なかった。
 言ってくれたらよいのにと思う、触れてくれたらよいのに、とも。リィンもメリルと同じで拒まないのだから、……難しいとはわかっているが。

「普段からこうやって言ってもいいんだからな?」

 リィンの言葉に、ほんの少しだけメリルの空気が変わる。悪いものではなく、言って良いのか迷っている様子だった。

「……ご迷惑ではないかと」
「じゃあメリルは俺が触れることを迷惑に思うのか?」
「いえ、そんなことは!」

 抱きしめる力を緩めればメリルが上体を離す。見慣れた瞳はしばらくゆっくりと瞬き、そしてメリルは口を開いた。

「もっとたくさん触れて欲しいと、いつも思っていますわ」

 再びリィンに抱きついたメリルは、顔を見られたくなかったのだろう。
 それはリィンも同じで、赤くなっている自覚がある顔をメリルに見られないようにと、その細い体を抱き締める。呪いも悪くないと思ってしまった自分の現金さが少し嫌になったが、今日は素直なメリルの願いをひとつでも多く叶えたいと、そっと灰色の髪に指を通した



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