おやすみ、


 メンテナンスの為に停泊しているカレイジャスUのなかは人も疎らだ。
だいたいは突然できた自由時間を謳歌するために街に出ているようで、艦内を歩いているのは作業員、時々分校生徒の姿がある。もちろんカレイジャスですごすことを決めた人々もおり、リィンもそのひとりだった。
 なんとなく集めている本が読まないまま三冊ほど増えていたのだ。読む必要があるかといわれればそうではないのだろうが、自分で買った手前、読まずにいるというのも少々気持ちが悪い。
せっかく自由時間ができたのだからこれを機に読んでしまおうと、談話スペースの一角を占領していた。いつもより静かな艦内は読書にはちょうどいい。
 そんなリィンの横には当然のようにメリルがいるのだが、彼女は何をするでもなくリィンの隣に座っている。じっと見つめてくる視線に、構って欲しいのだろうかと思い声をかけたのだが首を横に振られて終わったのだ。構って欲しいと言われたのならば今すぐにでも街に出るのだが……。
 そうして暫くたっても、メリルはリィンを見つめていた。お茶を淹れに一度席を立ったくらいで、あとはずっとリィンの横にいる。本を読んでいてもわかる視線に、そろそろ穴があいてしまうのではないか思った。

「……ん?」

 かくりとメリルの頭が下がる。はっと開いた二色の瞳と目が合うと、メリルはゆるく笑った。とても静かだったので、もしかしたら最初から眠かったのかもしれない。栞を挟んで本を置く。

「メリル、眠いのか? 寝るなら仮眠室に行こう」

 リィンの提案にメリルはゆるゆると首を横に振った。ぼんやりとした視線がリィンと、本と、艦内を巡って、そうしてまたゆっくりとリィンに戻ってくる。

「リィンさんと一緒にいたいのです」
「仮眠室でも本は読めるから大丈夫だぞ?」
「そうなのですが。いえ、そうではなくて」

 メリルは撫でるように髪を梳くリィンの指に何度も瞼を閉じかけながら言葉を探っていた。剥き出しの指にくるりくるりと灰色の毛先を巻き付けてリィンはその言葉を待つ。自分と違う毛質のそれに触れることにも慣れたもので、緩くうねり指に巻き付く髪がリィンは好きだった。
ぱちぱち、星が瞬くように睫毛が揺れる。

「起きて見ていないと、またリィンさんがいなくなるのではと、不安で」

 どこかふわふわとした声で言われた言葉にリィンは髪を撫でる手を止めた。
 少し前まで自分とメリルは遠く離れていた。だから、いまこうして隣にいても不安になるのだと思うし、リィンも逆の立場であればきっと同じ不安を抱いて傍にいただろう。
心配をかけてしまったことも、不安にさせていることも、申し訳なく思う。謝罪を口にしようとして、閉じる。散々聞いたと先日言われたばかりだったからだ、実際にはもっと柔らかい言葉で。
 謝罪を紡ぐかわりにメリルの肩を抱き寄せた。あたたかい、リィンの好きな温度が触れた場所からじわりと伝わって、そのことにリィンは安心した。メリルも同じであればいいと肩を抱く手に緩く力をこめる。
しばらくそうしていると、メリルは寝てしまったのかリィンに全てを任せてゆっくりと肩を上下させていた。
 それがどれだけ、リィンにとって嬉しいことか知らずに彼女は息をしている。上手く伝えるすべを、リィンはまだ知り得ていない。
 もう離れることがないようにと、白く細い手に指を絡ませることしか出来なかった。

「おやすみ、メリル」



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