流星 前
10月23日。
リィン達Z組のステージは明日の午後、今日はクラブの活動を手伝う人もいるからと一時解散となった。
事前に学院祭当日は生徒会の予備メンバーとして手伝うことにしていたリィンは、トワから生徒会の腕章と特典チケットを受け取った。初めての学院祭なのだから手伝い以外にも楽しむように、トワのその気遣いに感謝しながらリィンは学院内の見回りを始めた。
一般の来場者も多い学院祭はリィンが思っていたより困っている人間が多かった。その大半は道に迷ったという可愛らしいものなのだが、なかには紛失物などもあり、それらをリィンや生徒会のメンバー達は上手く処理をしていった。
ひとしきり敷地内を駆けずり回り、ふと顔を合わせた生徒会の生徒がリィンに声をかける。
「お前、予備で入ってくれた奴だろ? 今日はもういいから、学院祭回ってこいよ」
「でも先輩方はまだお忙しいですよね?」
「あんまりお前を長々付き合わせるなって会長に言われてんだ。ホラ、さっさといけ」
シッシッと手振り付きで追い払われ、リィンは大人しく背を向ける。
本当に手伝わなくてよいのだろうかと思ったが。トワから「使い切るように!」と口を酸っぱくして言われた特典チケットは一枚も減っていない。各クラスの出し物もしっかり見たわけではないので改めて見て回ろう。そう思い、とりあえず正門に向かった。
正門はまだまだ学院に入ってくる一般客で賑わっている。ベッキーとヒューゴの商売は順調のようで、時折火花を散らしながらも、トラブルなくやれているようだ。
人ごみの中、ぽつんと立ち尽くす背中を見つけてリィンは足を止めた。赤い服を着た一般客ではなく、紅い制服を着た生徒。
「メリル!」
ぶつからないように人々の間を抜けて、リィンはその肩に手を置いた。びくりと肩が跳ね、茶色の髪を揺らして振り返る。相手がリィンとわかって瞳を和らげたのは。前日になって学院祭に参加できることがわかり、喜んでいたメリルだ。
あんなに楽しみにしていたのに、何故こんなところで立ち尽くしていたのだろうか。
「メリル、こんな道の真ん中でぼーっとしていたら危ないぞ?」
「そ、そうですわね。思ったより人が多かったので、少し驚いてしまって」
「確かに、学生のイベントにしては人が多いよな。……そういえば、メリルはもう他のクラスの出し物は見たのか?」
メリルはクラブに所属していない。どこかの手伝いをするとも聞いていないので、一日は自由のはずだ。学院祭がはじまって少々時間も経っているし、メリルのおすすめの出し物があるのならばそれに行ってみようとリィンは問いかける。
それにメリルは数秒の間をおいて、困ったように笑った。
「わたくし、実はまだどこも見ていなくて」
「……まさか、ずっとここでぼーっとしていたわけじゃないよな?」
「ち、違いますわ! 挨拶などをしていたら、この時間だっただけで。ずっとぼーっとしていたわけでは!」
慌てて言い繕う姿に笑って、リィンは彼女の手を取った。
どこも見ていないのなら話は早い、一緒に見に行けばよいのだ。ひとつひとつ出し物を回っていけば校内の巡回にもなるし、困った人間がいたらその都度力になればいい。特別チケットの裏を見る限り同行者にも同じサービスはして貰えるようだから、メリルも一緒に回って損はないはずだ。多分。
メリルが疑問の色を浮かべながらリィンを見上げる。
「あの、リィンさん。手が」
「だってメリル、いまだに校内で迷うだろ。あ、もしかして誰かと回る約束でもしていたか?」
「いえ、そういう約束は特にありませんが。よいのですか?」
「悲しいことに一人だったからな。メリルが一緒に回ってくれると、嬉しい」
リィンにそう言われると、メリルも小さく微笑んで「では喜んで」と手を握り返した。
自分の手より幾分か小さいそれを感じながら、リィンはパンフレットを見る。外から回ればいいだろうか。一番近い出し物はグラウンドで行われている、二年生の有志による《マッハスタリオン》。
どうやらクロウも何枚か噛んでいるどころか、裏でこそこそ何かを企てていたようで。Z組が一時解散した時はすぐグラウンドに向かっていた。夏至祭の時の様子をみれば、その内容はだいたいわかるが……。
グラウンドに作られたコースに、リィンとメリルはそろって感嘆の声を上げる。想像していたより遙かに立派なレース場がグラウンドにあったのだ。乗馬部の馬がのびのびと走り、コースの傍らには手伝いをしているユーシスの姿があった。
乗馬部の部長であるランベルトの説明を聞くと、障害物レースと馬とのふれあいコーナーのふたつがあるようだ。障害物レースはタイムアタックもできるようで、乗馬の心得がある客にはこちらが人気らしい。
「メリルは、馬には乗れるのか?」
「嗜む程度ですわ。昔、教えていただきましたので」
「馬に乗るメリルってあんまり想像できなかったから少し意外だな。タイムアタック、折角だし挑戦してみよう」
「はい。馬に乗るのは久しぶりですわ」
コースがあくまでお互い馬を選ぶ。ユーシスはリィン達に気が付いたのか、貸し出しのグローブを手にやってきた。二人がタイムアタックに挑戦すると聞くと、高みの見物をさせてもらうとだけ告げて今度はふれあいコーナーに向かう。小さな子供が多いが、流石はユーシスといったところか、扱いには慣れているようだ。
レースの準備ができると、リィンとメリルは馬に乗ってスタート地点に立った。先に挑戦するのはメリルだ。
スタートの合図とともに馬が駆け出し、それを上手く操って障害物を避けていく。メリルはリィンが想像していたよりずっと馬に慣れているようで、これなら乗馬部に入ってもよかったのではないかとリィンは思った。危なげなく規定のタイムを破り。リィンのもとへ戻ってくる。
次はリィンの走る番。実家で馬には乗っていたが障害物競技となれば話は別だ、気を引き締めてかかろうと頭を振る。メリルの手前、情けない姿を見せるのは避けたかった。規定タイムは破りたいものだ。
「俺も負けていられないな」
メリルの声応援を背に、スタートの合図で駆け出す。
障害物を避けて、一周、二周。風を切って走る馬は、ユーシス達がいつも世話をしているおかげで人をよく信頼していて、走りやすい。三周目の最後のカーブからスパートをかけ、リィンも規定タイムを破ってゴールした。
馬をポーラにかえした二人に、嬉々とした様子のランベルトが話し掛けてくる。今回の記録への祝いの言葉と記念品を渡され。どうしてふたりとも乗馬部にはいらなかったのかと嘆かれる。メリルは馬の世話より人間の世話が楽しいからだろうなと、リィンはメリルの横顔をみて思った。
ふれあいコーナーで暫く馬と戯れてから。揃いの記念盾を手に、グラウンドの階段を上る。
「ふふ、素敵でしたわ、リィンさん」
「メリルも嗜む程度なんて、随分手慣れていたじゃないか」
「馬がいい子だったからですわ。乗馬部の皆様のおかげですね」
メリルはにこにこ笑っている、いい気分転換になったのなら良いが。リィンは再びパンフレットをひろげた。
次は位置的にギムナジウムだろうか。《みっしぃパニック》、準備の段階では装置の動きが悪いという声が聞こえ。先程、生徒会の手伝いで近くを通った時には物凄い殴打音が聞こえていた出し物。
……いったい何をしているのか、出し物として許可が下りているからにはバイオレンスなものではないのだろうが。ラジオ局に提出した宣伝コメント通り、扉の前にはみっしぃの着ぐるみ――いや、みっしぃが緩く手を振っていた。クロスベルで大人気というだけあり、子供達に囲まれている。女子生徒達の「かわいい」という声の合間に、やはり殴打音が聞こえていた。
中に入ると、普段修練のために使われている一室が様変わりしていた。青空の壁紙に、正面にはなにかで見たことがある城が描かれている。なにより目を引くのは、リィン達の正面にあるいくつかの穴が開いた大きな装置だろう。
やはりというべきか、部屋の隅ではフェンシング部の部長とラウラが話をしていた。
「やぁ、リィン。ハイスコアがでれば景品ももらえる《みっしぃパニック》、やっていくかい?」
そっと話し掛けてきたムンクに飛び跳ねたのはメリルで、思わずといった様子でリィンの後ろに隠れている。ムンクは苦笑いはしたもののたいして気にしていないようで、出し物の説明をした。
「わたくし、運動はそれほど得意ではありませんし。この出し物は少々難しいかもしれませんね」
「うっかりみっしぃを叩く様子が目に浮かぶな……」
「もう、リィンさん!」
小さく抗議するメリルに笑って、ムンクに一枚チケットを渡した。こういった体を使った出し物ならリィンのほうが向いている。
ムンクから大きな赤いハンマーを受け取って、リィンはカラフルに塗装されたスタート位置に立つ。
他の参加者を見ている限り、穴から現れるみっしぃ達の滞在時間は長い。うっかりみっしぃを何回も叩かなければ景品に手は届くだろう。メリルは学院祭を楽しみにしていたようだったから、なにか思い出になるものを増やしてあげたかった。彼女の殺風景な寮の部屋に置けるような物であれば、なお良い。
紫色のゆるゆるな……凶悪な顔をしたみっしぃは、叩くと気が抜ける声を出しながら穴に戻っていく。意外と広いステージ上を行ったり来たりしながら、リィンは順調にスコアを上げていった。一度、勢いよく飛び出してきたみーしぇを反射的に叩いていたが。
「よし!」
メリルにあんなことを言った手前、自分も一回みーしぇを叩いているのだが。そこはそこ。みっしぃはみっしぃ、みーしぇはみーしぇだ。
「おめでとう」とハイスコアの景品をムンクから受け取ると、それは先程まで自分が叩いていたみっしぃのぬいぐるみだった。これなら大丈夫では、とリィンがステージの外にいたはずのメリルを探すと。いつの間にかやる気になったのか、フリーデルからハンマーを受け取っている。
スタートの合図と共に軽快な音楽が流れ始め。穴から飛び出してくるみっしぃやらみーしぇやらに翻弄されながら、ゆっくりとメリルはスコアを伸ばしていく。ステージを見上げる事になるのは機械の構造上しかたがないのだが、彼女がスパッツを履いていたことに感謝しながら、リィンはメリルの戦いを見守っていた。
結果は残念ながらハイスコアには届かず。しゅんとした様子でメリルがリィンのもとへ戻ってくる。
「メリル、頑張ったな。思ったより動けていたじゃないか、やっぱりみっしぃは叩いていたけど……」
「と、飛び出してくるのですもの! しばらく待っていてくれるとわかっていても、やはり焦ってしまいますね。スコアが伸びなかったのは残念ですが、楽しかったですわ」
「ほら、これ」
リィンはメリルにみっしぃのぬいぐるみを差し出す。なんともいえない顔をした灰色の猫の顔とリィンの顔を交互に見てから、メリルはゆっくり首を傾げた。
「わたくしに、ですか?」
「あぁ。ゲーム、頑張っていたから」
というのは後付けで、元々景品が取れたならプレゼントする予定だったが。
ぱちぱち。数回の瞬きのあと、花が咲く様子を刹那にまとめたようにパッと笑顔になった。それはいつもの穏やかな微笑みではなく、どこかあどけなさを感じる顔。確実に、感情が伴っているであろうその表情。差し出されていたぬいぐるみを受け取って、そっと頬を寄せるその姿を。
リィンは、可愛いと思った。
「ありがとうございます、リィンさん。大切にしますね」
お礼の言葉にはっとして、リィンは熱い頬を自覚しながら「どういたしまして」と返した。
先程のマッハスタリオンの記念盾もある、一度荷物を教室に置いてきた方がいいだろう。これから荷物が増えないとも限らない。嬉しそうにぬいぐるみに触れているメリルには申し訳ないが、みっしぃも教室に置いていくことになるだろう。
いつの間にか午後を示す時計に二人して腹の虫が鳴ると、とりあえずどこかで空腹を満たそうという話になりギムナジウムを出る。
本校舎への道すがら、木に引っかかった風船を取ってあげたり、校舎前で屋台を出していたベッキーに不足していた粗びき岩塩を渡したりしながら、屋台で料理を買う。食べ歩くことには抵抗のあったメリルの提案で、荷物を置くついでに、教室で屋台料理を食べることになった。
二人しかいない教室で食事を終え、飲み物を飲んで一息つく。
「こういった行事では、食べ歩きが楽しみの一つであるとはわかっているのですけれど……」
「座って食べたほうが安全なのは間違いないからな。次はどこへいこうか」
「ええと、なにがあるのでしょうか?」
「そうだな……」
ガイウスの椅子を借りているメリルが、リィンの机の上のパンフレットを見るためについと身を乗り出す。距離が近いなとリィンは思った。今の状況なら別になにも不思議ではないのだが。すっとその考えを振り払って、自分もパンフレットをみる。
二階で行われているブレードを使った出し物《ゲート・オブ・アヴァロン》に行くことに決め。後片付けをして教室を出た。
::10/23、学院祭前編