流星 後
学院祭は午後になっても盛況で、校舎内も自由行動の生徒や一般客で溢れている。
紅い制服が目立つのか、それ以外の理由か、たまにリィンとメリルを振り返る生徒達もいたが。二人は特に気にする事もなく一年V組の教室の前にきた。
「ブレードはあまり得意ではないのですが」
「そうだな、よく知ってる」
少々恨めし気な視線を感じながら、古城のような内装を施された教室に足を踏み入れる。
メリルはブレードが得意ではない、直球に言うと弱かった。それは特別実習の移動中の列車であったり、休み時間であったり、放課後であったり。色々な場面で友人たちと遊ぶたびに理解できた。リィンは可もなく不可もなくといったところで、クロウ相手だと負ける事が多かったが、クラスメイト相手なら五分五分といった様子だ。
ブレードマスターという人物が姿を現すまでリィンとメリルで対戦をしていたが。やはりリィンの全勝だった。
ゆっくりと、リィン達の席に近付く足音。
「あら、リィン様達は学院祭デートでしょうか?」
「そういうつもりじゃ……って、シャロンさん。まさか、このブレードマスターって」
「はい、私が務めさせていただいております」
にこりと微笑んだのは第三寮の管理人を務めているシャロンだ。何事も普通以上にこなすシャロンがブレードを嗜んでいてもおかしくはない。しかし、まさかブレードマスターという肩書を背負って、主催側で会うことになるとは。
強いのだろうな、とリィンは思う。シャロンが負けている場面は想像ができない。
どちらが勝負をするのかと問うまでもなく、当然のようにリィンがシャロンと対戦する事になり席につく。メリルはいつの間にか集まっていたギャラリーと共に見守る事を決めたようで、そそくさとテーブルから遠ざかった。近くで見ていてくれても罰はあたらないのではと思ったが、口には出さずにリィンはカードを手に取る。
シャロンが負ける姿が想像できないとはいったが、勝負をする前から負ける気ではいけない。全力を出して挑まなければ。……と、意気込んではいたのだが。
「ふふ、これにて終了ですわね。お疲れ様でした、リィン様」
「だ、ダメだったか……!」
勝負が終わって、ぱたりと晒されたシャロンの手札にはまだ余裕の色があった。遊戯といえど勝負事、負ければやはり悔しいものだ。ぐう、と唸りながらリィンはカードを返却する。
散開しはじめたギャラリーからメリルが横にやってきて、ブレードの山をみながら頬に手をあてた。
「シャロン様はブレードも得意なのですね。教えて頂きたいくらいですわ」
「あら、リィン様はメリル様がブレードに興じている時の普段からは想像もつかない百面相がお好きでしょうし。そのままでもよろしいと思いますわ。それか、リィン様が手取り足取りご指南なさっては?」
「わたくしそんなに百面相を……?」
「シャロンさん! いやでも、メリルが望めばみんな付き合ってくれるだろうし、メリルのブレード強化会はしてもいいと思うな」
「その時は是非、私もお呼びください。微力ながらお力になりますわ」
それでは、と優雅に一礼して仕事に戻っていくシャロンを見送って。リィンも席を立つ。景品は逃したが、いい経験ができた。他のクラスの生徒と対戦しては負けて帰ってくるメリルをそっと慰めながら、次に行く場所を決める。
シャロンとの対戦で頭を使ったのでなにか甘いものでもとリィンが考えていると、メリルの指がパンフレットの文字をなぞった。一年W組の出し物がカフェのようなもので、茶と菓子を出しているという。
ならば、とふたりで古城風の空間からでてW組の教室へ向かった。
人が多い。
「なぁにリィンくん、デート?」
「……ヴィヴィ、誤解を招くことは言わないでくれ」
顔を合わせるなり、W組の教室の前で呼び込みをしていたヴィヴィに揶揄われて、リィンは視線を逸らす。
デートのつもりではなかったが、先程のシャロンといい、そう見えるものなのだろうか。人から言われると気になってしまい。学院祭という空気もあって、リィンは少しそわそわした気分になってしまう。メリルをちらと窺ったが、あまり気にしてはいない様子だった。不愉快そうではない、そのことに少し安心する。不思議と、嬉しさも。
ヴィヴィにチケットを渡して中に入ると、見慣れない景色がひろがっていた。
池の水にあたる部分に白い砂利が敷き詰められた庭。木製の骨組みでてきた直線的な赤い傘。先に中にいた客たちは皆、変わった形の茶器を手に持っている。東方風茶屋と名乗るだけあり、かなり本格的にセットしているようだ。
リンデに案内をされて腰を落ち着け。注文していた抹茶と茶菓子がやってくると、ほっと息をついた。
「ラマール州の伯爵様で、東方文化に明るい方がいらっしゃるのですが。こちらにお連れしたらとても喜びそうですわ」
「俺は……ユン老師だろうな、何時間も居座りそうだ。この雰囲気もすごく落ち着くし、近くにこういう店があったら俺も入り浸りたいくらいだな」
「わたくしはこの抹茶の立て方を教えて頂きたいです。マキアスさんが好きそうですし、こちらのお茶菓子はミリアムさんが喜びそうですね」
「ミリアムは……抹茶を飲めないかもしれないな」
苦みに騒ぐ様子を思い浮かべ、茶碗を手に笑う。
メリルとこうして寛ぐのは久しぶりな気がした。ここのところZ組は放課後にステージの練習をしていたり、自身の所属するクラブの出し物の準備をしていたし。クラブに所属していないリィンは生徒会の手伝い、メリルは校内装飾の準備を手伝っていたようだ。
和やかな空気の中で他のクラスの出し物や明日の自分達のステージの話をしていると、リンデとヴィヴィがそろってリィン達のもとにやってきた。手にはなにやら箱を持っている。
おみくじ――女神に祈願し、運勢を占う東方の文化。チケットを利用した客限定でサービスを行っているらしく。それについては教室の入り口でヴィヴィからも聞いていた。開運おみくじか縁結びおみくじか、どちらを引くかリィンが迷っていると。先にメリルがリンデに声をかけた、彼女は開運おみくじを引くらしい。
では自分は縁結びおみくじを引こう。にやにやと笑うヴィヴィの視線を受け止めながら、リィンも横のメリルに倣って箱から折りたたまれた紙を取り出す。
「≪凶≫、『近々別離の気配あり。待つ心あれば、再び縁が結ばれる』。この先、先輩達も卒業だからそういうこと、か?」
「あら、わたくしも≪凶≫ですわ。『仕事運に翳りあり。己を偽らず本心で事に当たるべし』。……仕事というと、どうしてもステージが思い浮かんでしまいますね。気を引き締めてかかりますわ」
「はは、あまり力まないようにな」
二人揃って凶を引くとは。椅子から立ち上がり、教室の隅に設置されたみくじ掛けにくじを結ぶ。
ふと、リィンはメリルの顔が険しい事に気付く、顔色も少々優れない。いま一息いれたとはいえ連日ステージの練習などもしているし、昨日は学院祭の準備があった。やはり疲れているのだろうか。
ぱっとメリルの瞳を覗き込むと、二色の瞳が揺れ、心配そうなリィンの顔がうつりこんでいた。
「メリル。少し顔色が悪い、医務室で休ませてもらったほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫ですわ。それに、学院祭は時間も限られていますし。折角ご一緒していただいているのに、休んでいるのは勿体ない気がして」
「本番は明日だし、体調を崩したら元も子もないぞ?」
「それは、わかっているのですが、でも……」
理解をしているから、メリルも困った顔をしているのだろう。リィンとしても、学院祭を楽しみしていたメリルを知っているだけにまだ連れて回りたい気持ちもあるが。Z組のステージは明日。いま無理をして万全の状態で挑めないのはメリルも後悔するだろう。ただ。ぐずる幼い子供のように、リィンの袖を掴む白い指を拒むことは、できそうになかった。
勿体ないと思うのは、リィンが一緒だから? 単純に、学院祭が楽しいから? ふと過った疑問。リィンもメリルもそれを掻き消した。
自分が傍にいるのだから、よほど体調が悪そうだったら無理にでも医務室に運ぶか寮に連れ帰ろう。そう思いながらリィンは白い手を握る、少しだけ冷たい指先だった。
「少しでも体調が悪くなったら俺に言うこと、いいな?」
「はい、リィンさん!」
ふわりと笑ったメリルに頷いて、茶屋から出る。
人ごみの中にいるだけでも体力は削られるものだ。今日は最後に講堂で機材の確認などを行う予定もある。あまり疲れるようなことはさせたくないなと、リィンはきょろきょろと辺りを見回しているメリルを見た。……本当に小さな子供のようだ。士官学院祭よりももっと大きい祭り、夏至祭の時はもっと落ち着いていたというのに。
廊下を歩くなかで聞こえた会話からすると、一年U組の出し物は巡回式のパビリオンになっているようだった。それならばゆっくりと見て歩くこともできる。
いつの間にか足を止めていたメリルに合わせてリィンも足を止めると、慌ててメリルが足を踏み出した。手を繋いだまま廊下を歩く。
バラのアーチが組まれているU組の教室の前では、ブリジットが受付をしていた。アランとは学院祭を回れたのだろうか、少し気になりながら彼女にチケットを渡す。
ブリジットに妙にニコニコした顔で促され二人は、足を一歩踏み入れ――息を呑む。
「……綺麗」
「……あぁ。これは驚いたな、まさに《星の庭園》だ。まさか学生の出し物でこんなものが見られると思わなかった」
「奥の装置を動かすと、もっと素晴らしい景色になるとか。ふふ、楽しみですわね」
天井にはノルドの星空にも劣らない満天の星が輝き、通路には植木や生花で道が作られている。本当に、夜に庭園に来たようなその光景に、ふたりは自分達が今いる場所が教室であることを忘れていた。
静かな空気に、思わずリィンも声が小さくなる。
「本当に、すごいな。U組の生徒達も相当気合をいれたみいだ。こういったコンセプトもだけど、それを実現してしまうのはさすがというか」
「作り物なのに、どうしてこんなに綺麗なのでしょう」
「ジョルジュ先輩あたりも一枚噛んでいるのかもな。奥の装置なんてかなり大きいみたいだし」
そうですね、とどこかぼんやりとした相槌が返ってくる。周囲が暗いからか、その表情を詳しくは読み取れなかった。
暫く歩くと道が開けて、大きな黒い装置が目に入る。これがブリジットのいっていた『素晴らしい景色』を作る装置なのだろう。パッと顔を明るくしたメリルが、リィンの手をすり抜けてそれに近付いた。離れていったぬくもりを少し寂しく思いながら、リィンもそれに続く。
彼女は意外と機械の類が好きだ。導力学は学年でも上の成績で、導力端末の操作も慣れているようだ。技術棟でジョルジュと話をしているところを見かけたこともあった。いまも装置を興味津々で眺めている。えい、と軽い声と共に押されたスイッチで装置から光が溢れる。
さらに増え、輝きを増した星々を見上げて言葉が出ないといった様子のメリルの手をひき、用意されていたベンチに座った。
ふふ、とメリルが小さな笑い零す。
「逢瀬でもしているようでドキドキしますね」
「えっ」
「冗談ですわ」
「冗談って……。まぁ、カップル向きに作られているみたいだもんな、思えばU組の教室の周りは男女ばかりだったし」
だからブリジットも妙にニコニコして二人をみていたのだろう。
しかし、心臓に悪い冗談を言われたのだ、すこし仕返しもしたくなるというもの。リィンは行儀よく腿の上におかれていたメリルの手をとる。さらさらとした手だった。
「……で? 学院祭デートの御感想は?」
「えっ、あ、あの。あのですね」
暗がりでもわかるくらい、メリルが顔を真っ赤にした。綺麗な顔に刷いたようにさした赤がやけに目に焼きついて、リィンはどきりとする。実際にそんなことはないのだが、静かな空間だと跳ねた心臓の音まで相手に聞かれてしまいそうで、今更ながら仕返しをしようと手を取ったことを少し後悔した。平静を装ってメリルの言葉を待つ。
はくはくと何回か唇を開閉し、リィンに握られた手をゆるく握り返して、メリルは照れたように伏せていた睫毛をあげた。
「楽しくて、嬉しくて、胸がずっとうるさくて。すこし、こわいくらいです」
「そう、か」
「こんなこと初めてで。ふふ、でも不思議ですわ。嬉しいのも、こわいのも、」
リィンさんと一緒なら、嫌ではありません。
星が、落ちてきたような気がした。気がしただけで、教室の天井に投影された星は、どれもひとつも落ちてきてはいなかった。
急激に熱くなった顔を抑えようにも己の手はメリルの手をしっかりと握っていた。リィンはまた少し後悔する。体温調節ができなくなったようにどこもかしこも熱かった。熱がそのままメリルにうつって、同じ体温にしてしまうのではないかと思った。……そうなればいいと、少し思った。
メリルの蒼と翠、リィンの紫。どちらも逸らされることがなく、数秒見つめ合う。暫しの沈黙を破ったのは、ふたりのうち片方の声ではなく。ブツ、と校内放送の機能がオンにされた音。
『――学院祭・一日目はまもなく終了時間となります。来場者の皆様方、どうか明日もふるってご参加ください。準備がある学院生の皆さんは、あまり無理しすぎないようにしてくださいね』
スピーカーから流れたトワの声に、リィンは掴んでいた手を放す。なるべく、自然に。一拍置いて、口を開いた。
「もう、そんな時間か」
「なんだか、あっという間でしたわ」
本当にあっという間だった。
生徒会の手伝いをして、メリルを見つけて、ふたりで学院を回って、時折人の手助けをして。楽しかった時間はもう終わり。ここからは明日には不要なものの片づけと、清掃と、Z組は講堂で楽器や機器の調整を。いまからは、ここからは、みんなで。
作られた庭園のなかにいた人々もだんだんと少なくなっていく。メリルがベンチから立ち上がってリィンを振り返る、茶色い髪が緩やかに波打った。
「さぁ、みなさんの所へ行きましょう。教室へ荷物も取りにいかなくてはいけませんね」
「そうだな。確認をして早く休んで、明日は万全で挑もう。……ってそういえば。体調、大丈夫か?」
薄暗い中でしっかりとした判断はできなかったが、メリルの顔色は悪くないように思えた。もう、赤くはなかったが。見慣れた微笑みが浮かぶ。
「もう、大丈夫ですわ」
笑う。星は、落ちてこない。
「なら、安心だな」
ただ少し。目の前の人物が眩しく思えて、目を細めた。
リィンも、メリルも。
::10/23、学院祭後編