日常と別離の合間


 トリスタとケルディックを繋ぐ街道の片隅。
 正規軍飛行船の警備の目から逃れるように、屈んだ状態で静かに佇む鋼鉄の人形。貴族連合によりこれより戦線に投入される、有人型機動兵器《機甲兵》。その一機、隊長機であるシュピーゲルの肩にメリルは腰かけていた。
 嵐の前の静けさか、鳥の声も少ないそこで木々の合間から落ちる光を受けている。彼女の座り込む物を含めてどこか恐ろしさすら感じさせた。共に待機している帝国解放軍の乗り手達は、声をかけていいものかといった様子で立つばかりである。
 当のメリルはというと、パンタグリュエルからの合図があるまで待機という命令のもと、ぼんやりと紅いARCUSを眺めている。朝から何回か着信のあったそれを、メリルは放置していた。もう使わないものだから、と。
 実際、着信には応じなかった。

「……!」

 着信音。
 しかしそれは、手に持っていた紅いARCUSからではなく、腰のホルダーに入れていた蒼いARCUSからだ。作戦の時間にしてはまだ早い、ならば個人の連絡だろう。相手は二名ほど顔が思い浮かんだ。

「はい、こちらグリゼルダ」
『よっ、オレだ』
「クロウさん。そちらも待機中ですか?」
『おう、あとは有り難い演説が始まるのを待つばかりだ。……で、いいのか?』

 なにがでしょうか、と恍ける気にはならない。相手は全部わかったうえで聞いてきている。
 帝都へ向かうクロウをトリスタ駅で見送った時も、同じ質問をしてきた。その時は列車が到着したので、返事を待たずに彼は改札の向こうへと消えていったが。いまはそうもいかないだろう、お互いに時間を持て余している。持て余す、などと言ってよいのかわからないほど、本来は緊迫した時間のはずだが。
 すぅとメリルは蒼と翠の目を細めた。

「元より、こうなることはわかっていましたから」

 貴族連合が大きく動く時は、そちらに戻る。
 それは士官学院に入学する前に、ルーファスと約束をしていたことだ。在学中に貴族連合絡みで呼び出すことが少なくなるかわりに、と取り付けられた約束。
 約束などしていなくても、メリルは戻るつもりだった。ルーファスはメリルの恩人だ。自分も他人もどうでもよいメリルにとって数少ない大事な人。
 しかし、その『大事』は、この学院生活で増えてしまった。増やしてしまった。そのことがメリルを苦しめている。

『それにしたって、トリスタ側へ行く必要はなかっただろ。西風の連中と一緒にバルフレイム宮に行ってくれてよかったんだぜ』

 明るいけれど、どこか心配を含んだ声。復讐を目的とする組織のリーダーにしては人が良すぎるなと、そっと笑う。
 この人は、在学中のメリルを知っているから。メリルがZ組とすごした日々を知っていて、築いたものを知っていて、抱いた思いを知っていて。そして、クロウ自身が学院ですごした時間が楽しかったから。……彼らを裏切るようなことをしていいのかと言っている。

「ケジメが大事なのだと、レオニダス様がおっしゃっていました」 

 Z組のクラスメイトであるフィーの家族、西風の旅団の一員。
 もう何度も言葉を交わしたその人から以前聞いた言葉だ。それは猟兵の流儀なのか、彼等西風の過去に触れることなのか、彼自身にあった何かからくるものなのかはメリルにはわからなかったし。踏み込むことでもない。
 しかし随分と柔らかく、諭すように言われたので、よく覚えていた。

「……でしたら、ケジメをつけましょう。このあと何が起きようと、これが区切りになるのですから」

 片手に持った紅いARCUSを握りしめる。
 通信の向こうからは深い溜息が聞こえた。その表情はなんとなく察する事ができる。垂れがちな赤い目のように眉を下げて、しかたないなという顔をしているのだろう。それは学院や第三寮で見てきたものだ。

『お前がそう決めたなら、何も言わねぇよ。オレもあとでそっちに行くから、よろしくな』
「はい。クロウさんも、撃ち損じのないようお願いいたしますね」
『だぁーれに言ってんだ、じゃあな』

 プツリと通信が切れて。静けさだけがメリルを包む。
 同じ思いをしに行く人間がひとり増えるだけでも、少し心が軽くなった気がした。
 自分より学院生活を謳歌していたように見えた彼は、どんな気持ちでいま帝都にいるのだろうか。演説がはじまったら学院のことなど頭にはないかもしれないが。
 自分と、同じような気持ちだろうか。瞑目する。深呼吸をして、目を開いて。握りしめていた紅いARCUSの電源を切った。

「もう探さなくても、大丈夫ですよ」

 冷たい鋼鉄の上でひとり呟く。
 かかってきていた通信履歴の一番上。紫色の瞳を思い出して、メリルは顔を歪めた。

::10/30。隙間



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