茶葉選び


 先月の、一度目の特別実習は概ね成功した。
 というのも、ケルディックで実習をしたリィン達A班は、人間関係も含めて良い結果が残せたのだが。もう片方。パルム市で実習を行ったB班は、聞くところによると散々な結果だったらしく。実習成績もE、通常の試験であれば赤点レベルの評価。
 特別実習がどういうものであるか理解できたことは、どちらの班にとっても良いことだったとは思う。
 ひろくとられた窓から、白と翠の美しい街並みを見ながらリィンは小さく溜息をついた。それは不満ではなく、不安だ。
 リィン達は翡翠の公都・バリアハートを訪れていた。
 もちろん、特別実習で。ユーシスとマキアス、人間関係という点において大きな爆弾を抱えながら。大貴族の子息と大の貴族嫌いをつれて貴族の街で実習をする、何も起きないわけがない。バリアハートに向かう列車の中で、ある程度の協調は見込めてはいたが……。

「そうですわ」

 耳が拾った声にリィンは思考の海から顔をだす。
 本格的に依頼の対応をする前に、ヘンダーソン商店で準備を整えようと足を運んでいたのだ。声の持ち主は、様々な色のラベルの貼られた缶が並ぶ棚の前で振り返った。リィンにではなく、別の人物に。

「折角バリアハートに来たのですし。寮に置いておく茶葉を買ってゆきましょう。ユーシス様は、なにか希望はございますか?」
「お前に任せる」
「まぁ。では熟考させていただきますね」

 再び視線を棚に戻したメリルのやや後ろで「そう言って九割方、兄上の好きな茶葉にするだろう」とユーシスは呆れ混じりに呟いて、そして武具売り場へ踵を返した。その呟きがメリルに聞こえていたかはわからないが……。
 穏やかに会話をし、距離をはなした二人を見る限り、ユーシスとメリルの仲は良好だ。入学以前からの付き合いだというのもあるだろう。
 バリアハートに到着してすぐユーシスの兄・ルーファスと出会った時。ユーシスは兄にいつもの調子を狂わされ、そんな兄弟の様子をみながらメリルも穏やかに笑っていた。
 グリゼルダ家はクロイツェン州の貴族だ。なにかしら交流があったのだろうと、ズラリと並んだ茶葉の缶とそれを選ぶ横顔をみつめた。いつかのように、パッと顔を上げたメリルと目が合う。その瞳がゆっくりと緩んだ。

「リィン様は、お好きな銘柄はあるのでしょうか」
「俺か? う〜ん、詳しいわけではないから、なんとも言えないな……」
「まぁ。でしたら、お出しするなかでお気に入りがありましたら、すぐに教えてくださいね」

 にこにこ。そんな音が聞こえてきそうな笑いを浮かべて、メリルはいくつかの缶を買い物カゴに入れた。……これからの任務に必要なものはそこに入っているのかと疑問に思ったが、しっかり者の彼女の事だ、きっと先に必要な買い物はすませているのだろう。多分。
 エマやフィーたちもまだ商品棚を眺めているいまなら、少し話をしても問題はないだろうか。さっと店内を見回して他の皆の様子をみてから、リィンはメリルを見た。店内にかざされた州旗を見、そういえば彼女の片目はアルバレア公爵家のエンブレムと同じような翠だなと、ふと思った。

「メリルはルーファスさんとも仲がいいのか? 同年代のユーシスはともかく、ルーファスさんとも仲良さげだったから、少し驚いたよ」

 とくに他意はなかったリィンの言葉にメリルは少し視線を落としたが、それも一瞬で、すぐに普段と同じ調子で言葉が返ってくる。その時、メリルはきっとユーシスの出生と、自分の家のことを思っていたのだろう。
 ユーシスが引き取られたのは八年前。両親を亡くしたメリルがルーファスと初めて出会ったのは、メリルが三歳の頃だ。グリゼルダの家の人間と上手くいっていないメリルにとっては、血の繋がった人間よりもよほど好意をもって接することができる人物。それがルーファスだった。
 もちろん、この時のリィンはあずかり知らぬ事だったが。

「少々事情がございまして、長くお付き合いいただいているのはルーファス様なのです。ルーファス様には色々なことを教えて頂きましたわ」

 剣も作法も……、そう続けてふっとメリルは昔を懐かしむような瞳をした。その様子をみてリィンは納得する。
 だから、ルーファスと言葉を交わすときに、どこか兄を慕うような雰囲気を言葉の端に滲ませていたのだろう。それに対するルーファスの態度も柔らかいものだった。
 ふと、リィンはメリルの指が同じ缶をずっと撫でていることに気が付き、そして先程のユーシスの呟きを思いだす。

「それ、ルーファスさんの好きな銘柄なんじゃないか」
「まぁ、リィン様。なぜお分かりに?」
「九割方、らしいからさ」

 そう言って笑ったリィンに、「ですが、ルーファス様のお好きな茶葉はユーシス様もお好きなことが多いですもの」とメリルが、珍しく唇を尖らせた。
 なんだ、聞こえていたじゃないか。

::5月 バリアハート演習



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