繋がる体温


 オーロックス砦にてアルバレア卿は捕縛され。貴族連合の防衛戦が西部へと下がったことで、クロイツェン州での騒動は一端の終息をみせた。
 バリアハートには帝国正規軍が入り、貴族達の顔は一様に不安そうではあるが。大抵の住民はユーシスにより戦時税が取り消されたことで少しばかり明るい表情を見せていた。それでも、内戦という状況下である以上、どこか落ち着かない空気だ。
 バリアハート実習で依頼をうけたターナー宝飾店。
 数カ月ぶりに訪れる店内は以前より客の姿は少ないものの、営業自体は通常通り行えているようだった。四大貴族のお膝下であるバリアハートは戦場とはほぼ無関係だったぶん、人々の営みはほぼ変わらなかったのだろう。もちろん金銭面や流通面での不便は多大にあったようだが。
 店内を見回すリィンの目に、カウンターで話すターナーとメリルの姿が映る。メリルはクロイツェン州、しかも鉱山をもつ貴族だ。帝都のサン・コリーズでそうであったように、実家が宝飾店と関わりがあってもおかしくはない。
 ターナーとの話が終わったのか、振り返ったメリルと目があう。

「リィンさん」
「おお、以前、依頼を受けてくれた学生さんですか。よかったらお嬢様を送ってさしあげてください。おひとりですと迷子になりそうで」
「タ、ターナー様。わたくし、流石にバリアハートではあまり迷ったことはありませんわ」
(……迷ってはいるんだよなぁ)

 リィンの心の声を肯定するように曖昧に笑ったターナーがメリル達を送り出す。
 揃って店を出たリィンとメリルが職人通りの坂をゆっくりと上っていると、前方からリィンの名前を呼ぶ声がした。
 ボールが跳ねるように明るい声は、離れた位置からでもよく聞こえる。声の持ち主はミリアムで、腕が取れるのではないかと思うほどぶんぶんと振りながら坂を駆けて下ってきた。ユーシスが眉間に皺をよせそうな光景だなぁとのんびり考えながら、リィンは「走ると危ないぞ」と声をかける。ミリアムが聞き入れるとはあまり思っていない。
 案の定聞き入れられなかった警告。駆けてきて、ふたりの目の前でピタリと止まったミリアムは楽しそうに笑った。

「リィンとメリルも街を見て回ってるの? ボクはね、あっちにご飯が美味しい場所があるってユーシスに聞いたから。ちょっとだけ腹ごしらえしにいくんだ!」
「まぁ、《アルエット》さんのことでしょうか。ここをまっすぐ下ればすぐですよ」
「カレイジャスでニコラス先輩が夕飯を用意してくれているんだから。あんまり食べ過ぎるんじゃないぞ」

 メリルとリィンの言葉に元気よく返事をしたミリアムだったが、ふと二人の顔と二人の距離をみて首を傾げた。ぷらぷらと自分の手を揺らしながら、ミリアムが不思議そうな顔で口をひらく。

「ふたりとも、今日は手は繋がないの? 人が多いとこだとす〜ぐ繋いでたのにさ」

 ミリアムの言葉にリィンもメリルもどきりとしたあと、思わず相手の顔を見る。当然のように目が合い、そっとそれを逸らす。今度はぶらりと空いた手が気になり、メリルはそっと指を組み、リィンは手をぐっと握りこんだ。
 そんな二人の数秒のやりとりにまたも首を傾げたミリアムだったが、己の腹の虫が鳴ると「じゃあね!」と声を残してまた坂を駆けていく。またも「危ないぞ」と背中に声をかけて、残された空気にリィンは小さく息を吐いた。
 手は、自身の体温だけ感じている。
 人が多い場所だとすぐに手を繋いでいたのは紛れもない事実だった。ふらっといなくなっては平然と戻ってきていた(これは恐らく何かしらの用事があったのだろうが)方向音痴のメリルを、人が沢山いる場所で野放しにしておくことはできなくて。リィンは昔エリゼにしていたように手を繋いでいた。
 メリルも、リィンがそうしたいのなら別に良いだろうと拒否はしなかった。そうして手を繋いでいれば当然迷うことはなく、何度かそうして手を重ねていたのだ。
 恋愛感情を自覚した今となっては、何故そんなことを普通にできていたのか疑問に思える行動。
 沈黙を破ったのは、少し上ずったメリルの声。

「ええと……リィンさんは、この後なにか御用事が?」
「そ、そうだな。駅前のストアならまとめて買えるだろうから、少し消耗品を補充しようかなと思っていたんだ」
「でしたら、わたくしもご一緒してもよろしいですか? いくつか頼まれ物をしていまして」
「じゃあ、一緒に行こうか」

 手を伸ばしかけて、止まる。中途半端な位置で浮いている手をどう誤魔化す考えるより早く、そっと人の体温が触れた。メリルの手が、リィンの指先を握っている。
 手を見たままの紫をメリルは見上げる。握った指先は温かく、メリルに安心感を与えるものだったが、心臓をうるさくもした。迷子になりそうだからという理由ではなく。ただ、メリルがリィンと手を繋ぎたいと思ったから、触れてしまったそれ。自分から触れるのは初めてで、嫌がられたらどうしようと思いながらも離すことはことはできなかった。

「リィンさんが、嫌でなければ」

 職人通りの様々な音に紛れてしまいそうな小さな声でメリルが呟く。交わった三色は、そのまま。

「どうか今だけでも、このまま」

 白く細い指に控えめに力をこめられて、リィンは目眩がするような思いだった。そんなふうに言われて、朱に染まった顔で俯かれたら、勘違いをしてしまいそうになる。伝えてすらいない想いが指先から漏れ出てしまったのではと不安になるほど、……漏れ出てしまえという狡い気持ちも少々。
 自分は当然嫌ではない、メリルが望んでいるのだから。もう寒いから、ふらふらと人に混ざって消えてしまうから、迷ってしまうから。誰にいうでもない言い訳を胸に、リィンは己の手をつかまえていた指をするりと撫でて、今度はしっかりと握った。

12/26、休息日



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