眩しい光、落ちる影


 エレボニア帝国・クロスベル州。
 クロスベルの真下に張り巡らされたジオフロントを歩きながら、メリルは溜息をついた。どこもかしこも似たような光景、高低差のある複雑に入り組んだ構造、そして徘徊する魔獣。
 自他ともに認める方向音痴のメリルが迷わないはずもなく、せめて案内板でもあればよいのにと不満を再び溜息にしていると、前方から足音が聞こえてきた。二人分のそれが止まる、メリルに気が付いたからだろう。
 クロスベル警察のマークの付いたジャケットを着た男性と、やや風変わりな衣装を身にまとった女性。
 ジオフロントに入る前に確認した資料にあった人物達、しかし、今それはメリルにとっては重要ではなかった。メリルに与えられた要請ではなかったうえに、男性の持っている物を見る限り、恐らく要請自体は失敗している。
 数アージュ先、警戒を解かないふたりに声をかける。

「あの、ジオフロントEの集中端末室はこちらでよろしかったでしょうか?」
「ええ。ですが、行ってももう何も残っていませんよ」
「わたくしはそこにいる方に用事があるだけですので。……あの」

 赤の他人の彼等になら見せたのだろうか。自分達、Z組には見せたがらない顔を。あの日から感じているはずの悲しみ、怒り、悔しさ、やりきれなさ……そういった感情。
 優しいから、自分達に心配をかけまいと隠してしまう、影。

「どんな様子でしたか、その、彼は」
「……淡々としていたよ」
「そうですか、ありがとうございます。そうだ、ここを出るのなら少々時間を置いた方がよろしいかと」
「ご忠告どうも。俺達は行かせてもらうとするよ」

 お気をつけて。メリルの言葉でその横を通り過ぎて行った二人の背中を見送って、その姿が消えてもメリルは暫くその方向を眺めていた。
 クロスベルが帝国に支配されたというのに悲愴さと言ったものはない、前を向いて行ける人達なのだろうなとぼんやり思う。前を向かなければならないのに、俯いてしまいそうな自分とは違うその姿をすこし眩しく感じた。
 伏せた目を上げて、彼らが走ってきていた通路の先を見る。真直ぐに伸びている道、大きな丸い扉の先に、メリルの目的の人物はいるはずだ。

「リィンさん。……あら」

 扉の先に広がる光景にメリルは目を見開いた。目的の人物は確かにいた、ARCUSを手にしたリィン、その横にはアルティナの姿。その近くには、ジオフロントという地下にあって異様さを放つ灰色の巨躯・ヴァリマールの姿と、メリルの正面に見える無残な大型端末。誰がどうみてももう使い物にはならないだろう。
 メリルの名前を小さく呼んだリィンが、横に立つアルティナにひとことふたこと伝えると、彼女は首を傾げながらも頷いた。ふたりの様子に疑問符を浮かべるメリルの横を、クラウ=ソラスに腰かけたアルティナがすいと通り過ぎていく。どうやら、先に地上に戻るようだ。
 彼女が出て行ってから、メリルはリィンに歩み寄る。

「お疲れ様です、リィンさん」
「いや……。メリルも、上は大丈夫だったのか?」
「はい。予定より早く終わったくらいですわ。すぐに退いていただけたので」

 内戦が終息したあと。宰相の言葉の通り、リィンは英雄として担がれた。
 今こうしてクロスベルにいることも、帝国政府からの要請に応えてのものだ。メリルはリィンが心配だったから無理を言ってついてきた過ぎない。……西部の戦線でしてきたことを罪に問わないかわりに、と要請も下ってはいたが。
 エレボニア帝国の領地となったクロスベルをカルバート共和国の侵攻から守る、内戦終息にも力を尽くした若い英雄。
 それは勇ましく見えるのだろう。優しい人だから、何も知らない無関係の人間の前では、そのようにあろうとして。きっとこのクロスベルでは息を抜くなんてことはできなかっただろう。時折、険しい顔をしていた。
 メリルと行動する時は努めて柔らかい表情を浮かべているように思うが、無理をさせているようで申し訳なかった。なにより、リィンが浮かべるどんな表情でも、気持ちでも、メリルは受け入れたかった。
 隣で歩むことを、決めたのだから。

「……少しだけ、眩しかったんだ。さっきの二人が」

 ぽつり、端末から飛び散る火花を見ながらリィンが呟く。

「クロスベルがこんな状況でも、諦めるなんて選択肢はないような、そんな真直ぐさがあって。前を、向いていて。……駄目だな、地下だし暗いしで気が滅入っているのかもしれない」
「リィンさん」

 名を呼ばれてメリルを見た紫色の瞳に、ちりちりと役割を終えかけている端末の光が反射している。
 いつもリィンがそうしているように、メリルは優しく彼を抱き寄せた。体格差があるぶん、抱き付いたが正しいかもしれない。片腕を伸ばして黒髪に触れる。戦闘があったのだろう、乱れた髪を整えながら宥めるように撫でる。

「『ただひたすらに、ひたむきに、前へ』」

 リィンの体がぴくりと跳ねた。構わず、メリルは彼を撫でながら言葉を紡ぐ。

「休むために、つぎに前を向くために立ち止まることも、俯くことも、許されることですわ。気持ちを隠して、押し殺して進む必要もありません。どうか」

 髪を撫でていた手が、するりと頬に添えられる。

「どうか、わたくしには隠さないで。どんなリィンさんもわたくしは受け入れて、共に歩んでゆきたいのですから」
「……っ!」

 苦しげに歪められた瞳が瞬いてから、メリルはきつく抱き締めかえされた。思ったよりも強い力に苦しさすら覚えたが、顔を見せまいと必死なリィンはそこまで気が回らないのだろう。回らないほど、参っているのだ。
 ……見せてくれたらとメリルは思ったが、リィンがいま見せたくないというのなら、それを受け入れるだけだった。
 どうして、とリィンの震えた声が聞こえる。

「どうして、どうしてあの時、助けられなかったんだ。宰相が、あんな、あんなの、あいつのしてきたことが、報われなかったようなものじゃないか。俺が、もっとうまくやれていたら。俺が、もっと強ければ。あの時、クロウを死なせることなんて、なかったかもしれない……!」

 血を吐くような声を聞きながら、零れている涙を感じながら。肩を震わせるリィンの背中をメリルは優しく撫でていた。
 ようやく吐き出されたリィンの思いを、慟哭を、そっと受け止めて、メリルも静かに瞑目する。少しだけ俯いて立ち止まってもよいかと、言葉を遺して逝った友人を想って、泣いた。
 未来に向かって進んでいく二人が出て行った薄闇のなかに、二人分の鳴き声が消えていく。それを聞いていたのは灰の騎神だけだったが、彼は沈黙を保っていた。聞かないことにしてくれているのだろう。
 どれだけそうしていたのだろうか。涙というものが出尽くしたと思えるほどの時間は、もしかしたら短かったかもしれない。
 体の震えも感情も収まったリィンがそっとメリルを解放した。赤く腫れた瞼をしたお互いの顔をみて、小さく笑いあう。地上に戻ったら冷やしましょうと、リィンの頬に残った涙をハンカチで拭いたメリルに、リィンが眩しそうに口を開いた。

「メリルは、強くなったな」
「わたくしが強くなったのだとしたら、それはリィンさんのおかげですわ。貴方の弱さが、わたくしを強くしてくれるのですから」

 だから、弱い貴方を隠さないでいて。
 メリルのその呟きが、リィンの耳に届いたのかはわからない。しかし、また顔を歪めたリィンに向かって、メリルは微笑んでみせた。
 強いこの人が弱くあれる場所になれるのならば、弱い自分も強くなっていけるのだろう。今はまだ、支えることなど夢のまた夢なのかもしれない。それでも、リィンの横にいるのならば、そんな夢を追うことを止めようとは思わなかった。
 隣で歩むことを、決めたのだから。

3/9、外伝



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