冬の終わり
トリスタ駅の前にはZ組と、その関係者が集まっていた。
門出の季節――その象徴ともいえるライノの花が咲くなか、士官学院を卒業しトリスタを出ていく皆をリィンとメリルは見送りに来ていた。
それぞれの目標を見出し進んでいくクラスメイト達、教官職を辞して遊撃士に復帰するサラ、アリサと共にラインフォルト社へ戻るシャロン。
別れの寂しさを薄らと感じさせながらも、和やかな空気の中でひとつ、またひとつと未来への約束が交わされていく。前日にエマの提案で計画していたサラへの不意打ちも無事に成功し、涙を流すサラを皆で見守りながら、鉄道がホームにやってくる時間を待った。
『まもなく、ヘイムダル中央駅行きの列車がホームに到着します――』
少し遠く、駅構内から聞こえるアナウンスに顔を上げ。ひとり、またひとりと、背を向けて駅に入っていく。
暫しの別れの言葉や励ましの言葉を残しながら歩んでいく、もう制服を着ていない背中をリィンとメリルは見送る。優雅に一礼したシャロンの姿を最後に、その場に二人だけが残った。
誰の背中も見えなくなっても、そこを動けずにいた。
あたたかくて大切な居場所。Z組という自分達の拠り所、学院の組織からは消えてしまうクラス。
Z組でいた最後のひととき。そこに残ったぬくもりを惜しむように、リィンもメリルもじっと駅を見ていた。ライノの花が、何度も、何度も風に撒かれて宙を舞う。列車のベルが高らかに鳴らされて、ようやく二人はお互いを見る。一年前と違う灰色の髪を春風に揺らしてメリルが微笑んだ。先程までの穏やかな笑みとは少し違う、花弁のように薄く、どこか頼りない笑いだ。
「寂しくなりますわね」
「そうだな。でも、明日から皆がいない学院生活っていう実感がないんだよな……」
「わたくしもです。教室も間違えて入ってしまいそうで」
「やりそうで怖いな。俺も気を付けよう」
くすくすと笑い合って、学院に戻るために駅に背を向ける。
また一年、リィンとメリルはあの士官学院で過ごすのだ。士官学院もカリキュラムの見直しと機甲兵を使った授業が組み込まれると聞いている。それ以外にも、ふたりにはクロスベルの時のように政府からの要請もくるだろう。
きっと、一年の時とは別の慌ただしさのある学院生活になる。そこにいるのは、Z組ではない二人だけ。
「寂しいな」
公園のライノの木を見上げながらリィンは呟いた。
枝いっぱいとまではいかないが、皆を見送る時期に合わせたように咲いたライノの花は、一年前、トリスタに初めて足を踏み入れたリィンが見惚れたそれと変わりない。変わりないからこそ、友人達の去ったあとの寂しさを掻き立てる。
内戦さえなければ、全員揃ってこの花を見上げていたのかもしれない。そんな空想が、胸に開いた穴の縁を撫でた。
「リィンさんの、隣にいますわ」
そっと、メリルの指先がリィンの指先を握った。手を繋ぐ、手を握る、そんな表現には満たない小さく控えめな力。
出会った頃と変わらない、空か海のような蒼と、陽光を浴びた森のような翠がリィンを見ている。逸らされることなく、真直ぐに。
嘘ではないというように、確かな声で言われた言葉。それは何度も繰り返した約束だ。
「……うん、そうだな。隣にいてくれ」
彼女の前ではすっかり弱くなってしまった気がする。そんな事を思いながら、リィンは少しだけぼやけた視界を正常にしようと強く目を瞑った。目を閉じても、手のぬくもりはそこにあり、再び目を開けた時、見慣れた二色がある。
弱くてもいいのだ。隣にはメリルがいて、弱いリィンを彼女は受け入れて支えてくれる。これからの困難も二人で立ち向かえる。休むときは身を寄せ合って互いの存在を感じることができる。嬉しいことはふたり笑い合える。うつくしい思い出をふたり語り合える。いまの寂しさも、指先から分かち合える。
そう思えば殊更、触れる体温が愛おしく、大事なものに感じる。
やんわりと握られていた指先を離して、今度はリィンから手を握った。メリルが嬉しそうに目を緩めたので、リィンの紫色の瞳も同じように緩む。少し冷たいメリルの手に、リィンの体温がうつってゆく。そのぬくもりを逃さないように指を絡ませて、リィン深く息を吸った。
一歩、踏み出す。
「行こう、メリル」
「はい、リィンさん」
ただひたすらに、ひたむきに、前へ。
もう手を離さないように、傍を離れないように。絡ませた指の隙間すらなく、しっかりと繋がれた手をそのままにリィンとメリルは学院への道を辿る。そんな二人を見守るように、ライノの花があたたかな風にそっと揺れた。
冬の、終わり。
3/25、卒業