奇妙な頼み事


 中間試験も終わり、生徒たちは肩の力を抜いて学院生活をおくっていた。
Z組に関しては特別演習が残っているが、重要な試験がひとつ終わったことはありがたいことにかわりはない。もちろん、リィンもその一人だった。クラスメイトとの勉強会のおかげか、試験結果はなんとか上位に食いつくことができた。
 いまは試験勉強に追われることのない放課後をメリルとふたり、カフェテラスですごしている。
 何故この組み合わせかというと、《キルシェ》の手伝いをふたりで行ったその後だからだ。マスターであるフレッドの好意で、紅茶と菓子でささやかな休息を味わっていた。

「ふぅ……」

 目の前の人物から小さく漏れたため息に、リィンは目を丸くする。
 いつも微笑んでいるメリルが溜息をつくところをあまり見たことがなかったからだ。どんなに彼女が優しく面倒見の良い人間であっても、同世代の少女なのだから――あまりにも世話をされすぎて、少し年上のように思ってしまうこともあるが。当然、溜息くらいつくだろう。
 リィンやZ組の面々が知らないところで盛大に溜息をついていたっておかしくはない。自分達は少々。いや、少々ではないかもしれないが、彼女に甘えている部分がある。

「どうかしたのか?」
「リィン様……。いえ、ううん。ええと、ですね。実は、シャロン様があまりに優秀なものですから。わたくし、最近寮で手持ち無沙汰でして」
「それはそれでいいことじゃないか? 寮のことはずっとメリルに頼りっぱなしだったからな……」

 入学して二カ月近く、それこそシャロンが第三寮にやってくるまで。寮監にあたる人間がいなかった第三寮の雑務のほとんどをメリルが引き受けていた。
 リィンのように朝に稽古をするような人間ではない、ごく一般的な起床時間に食堂に下りれば、当然のように朝食が用意されており。授業が終わって寮に帰れば食堂で何かを作る彼女の後ろ姿があり。ロビーや廊下などの共有スペースが汚れていたこともなく。皆で使う備品が品を切らしたこともなかった。
 もちろんリィン達も全てを任せきりにするのではなく、自分達で行えることは行ってきた。それを抜いても、彼女のやっていたことは多いだろう。
 メリル曰く『趣味』らしいが。貴族生徒の使う第一寮で雇われている使用人のようなその仕事ぶりに、アリサは「誰かさんを思い出すわ」と頭を抱え(今思えばそれがシャロンだったのだが)、ユーシスは「ここでも使用人をするつもりか」と眉間に皺をよせて呆れていた。対するメリルはというと、いつも通り穏やかに微笑んでいたが。
 そんなメリルの生活が劇的に変わったのは、中間試験の結果が発表された日。アリサの家の使用人、シャロンが第三寮にやってきた時からだった。
 朝起きればすでに朝食の準備をしているシャロンがおり。寮内の清掃もされ。備品の欠けもなく。皆の制服の解れなどもすぐに気付いて直してしまう。
 いままで己がしてきたこと、いや、それ以上の事をシャロンが行っているいま。メリルは寮ですることがなく。そう、つまり暇だった。

「もちろん、シャロン様が悪いわけではないのです。寮のことはわたくしが好きで行っていましたし。ただ、あまりにも生活が変わってしまったので、少々戸惑っていまして。空き時間が多いと、どうにも落ち着かなくて」
「なるほど」

 ここ数日どうにも様子がおかしかったのは、生活リズムが急に変わったからのようだ。
今日のキルシェの手伝いも、きっと空き時間を埋めるために言い出したのだろう。それならば、手伝っている間の活き活きとした表情も納得だった。
 自由時間が増えたのだからなにか別の趣味に使えばよいのではと、リィンは思ったが。考えてみれば『甲斐甲斐しく世話を焼く』以外のメリルの趣味を知らない。二カ月も一緒にいるというのに、気が付かなかった。

「クラブ活動はどうだ?」
「残念なのですが、あまり心惹かれるクラブがなかったのです。クラブ活動も時間が埋まるのは活動日だけですし。なにより、基本的には自分の為にしかなりませんし……」

 言われてみれば、確かに。
 リィンは思案する。程よく生活リズムがいままでと同じになって、メリルがそこそこ満足する活動量のものなどなにかあるのだろうか。人の為というのなら、ベッキーのようにトリスタの街でバイトをしてみるというのも手だと思うが。バイトから帰ってこなくなりそうで少々怖い。そもそもバイトも毎日あるわけではないだろう。
 紅茶と菓子をほうって真剣に考え始めたリィンの顔をメリルは眺めていた。クラスメイトとはいえ赤の他人の為に真剣に悩むとは、根っからのお人好しだ。

「……ふふ」

 それがリィンの良い所であるというのは、この二カ月で知っていたが。
 そんな風に思われているとは知らず、リィンは紅茶の表面をみながらいまだに考えに耽っていた。公園の方向から、クロウを咎めるトワの声が聞こえてきて。ふと、自分がトワから生徒会の仕事の一部を分けてもらっている事を思い出す。
 思い出せば、あとは簡単だった。向かいにある色の違う双眸を見て、口を開く。

「シャロンさんに、寮での仕事を分けて貰えばいいんじゃないか?」
「なるほど! それは思い浮かびませんでした。確かに、寮の仕事のお手伝いでしたら、いままでのリズムを壊さずにいることができそうです」
「この後にでもシャロンさんに頼みにいくか? シャロンさんも無下に断ったりしないだろうし」

 はい、といつもより明るい笑みを浮かべてメリルが頷いて。それを見たリィンもどこか安心しながら少し冷めてしまった紅茶に口をつけた。
 にこにこと嬉しそうな顔で紅茶や菓子に手を付けるメリルをみて、ようやく彼女も自分と同世代の人間なのだと思ったからかもしれない。
 どうシャロンさんに話を切り出そうか。いつかこの件のお礼をしなくては。ふたりの頭を占める思考は違ったが、同じように放課後のこの時間を楽しんでいた。

::6月 シャロンさんがきてから暇になった人



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