便り
拝啓
花が一斉に咲き始め、春風も心地よい季節となりましたが、お変わりなくお過ごしでしょうか。
この手紙を読むエステルがどちらに滞在しているのか、わたくしは知りません。もうクロスベルを離れて、リベールへ帰っている頃でしょうか。色々ありましたので、帝国にはしばらく立ち寄らないでいてほしいと思います。なにかあってはいけませんし、遊撃士が表立って活動できない環境に拍車がかかったようですので……。
クロスベルの独立騒動の際にはエステルやヨシュア様も動いていたとトヴァル様から聞きました。
不思議な力や勢力も関わっていたとも聞いています。遊撃士である以上、多少の危険もしかたがないとは思うのですが。やはり、エステルが危険な目にあっていると思うと心配でなりません。どうかヨシュア様の言葉にはしっかり耳を傾けて、必要以上に危険な事はしないでいてくださいね。……と、書いても、エステルはすぐに誰かの力になろうと飛び出して行きそうですので、心の隅にとどめておいていただければ結構です。エステルのその真っ直ぐなところ、わたくしは大好きです。
わたくしは士官学院の二年に進級する予定です。もしかしたら、この手紙が手元に届いている頃には進級しているかもしれませんね。
一年の後半はあまりお手紙を出せなかったのですけれど、学院祭という行事がとても楽しかったです。
エステルが以前お話してくれたジェニス王立学園の学園祭と同じような行事で、わたくしが思っていたよりも本格的な出し物が多かったように思います。
わたくしのクラスはステージ演奏をしました。他には古典劇ですとか、お茶屋さんですとか、いろいろな出し物がありましたが。なかでもみっしぃを叩いてハイスコアを狙う出し物は、きっとエステルが得意だろうなと思いながら、わたくしも挑戦しました。結果はあまり良くはありませんでしたが……。
学業も問題はなく、国が慌ただしいなかですが充実した生活を送れています。
なにか写真を同封しようと思ったのですが、あまり良いものが見当たらず。かわりに風景写真を入れておきました。
ガイドブックには劣りますが、いろいろな場所で撮れていると思います。帝国各地を巡る機会がありましたので、同級生のカメラをお借りして撮らせていただきました。
帝国ではありませんが、ノルド高原の写真がわたくしのお気に入りです。目の冴える様な蒼穹と風渡る高原の雄大さは、是非エステルにも実際に感じて欲しいです。大きな湖では釣りも楽しむことができたので、エステルもきっと気に入ると思います。いつかヨシュア様と二人で足を運んでみてはいかがでしょうか?
帝国へ立ち寄るなと言った手前ですが、もし。もし、エステルが帝国を訪れる機会があったら、紹介したい人がいます。わたくしの大事な人です。大好きなエステルに知っていてほしいと思うのは、わたくしの我儘だとは重々承知しているのですが……。こういった気持ちは初めてですので、どう書けばよいか少々、困ります。お二人のお話が合うかはわからないのですが、お人好しなところはエステルと少し似ているなと思っています。
お返事はエステルが落ち着いた時で構いません。新しいご家族のことやリベールのこと、また沢山教えてくださいね。ヨシュア様にも、よろしくお伝えください。
体調を崩しやすい季節です、くれぐれも体調を崩されませぬようご自愛くださ――……
小さな唸り声にメリルは顔をあげる。
ペンを置いて後ろを窺うと、ベッドでリィンがのそりと身を起こしたところだった。珍しく生徒会の手伝いがない自由行動日。
メリルの部屋にやってきたリィンがあまりにも眠たそうにしていたので、少し寝たらどうかと勧めたのだ。人のベッドで……と最初は遠慮していたリィンも、一度寝転がってしまえば睡魔には逆らえなかったのか、ものの数分もたたないうちにすぅすぅと寝息をたてていた。
そんなリィンは何回か瞬きをしてからメリルを見、ぽすぽすと自分の横のシーツを叩いた。己を呼ぶその動作に首を傾げながらメリルがベッドに近付くと、リィンの手がメリルの腕を掴んでベッドに転がした。力が加減されていること、第一寮のベッドは物が良いこともあって痛みは特にない。後を追うようにシーツに身を投げたリィンがメリルを抱き締めた。自室とはいえ少し恥ずかしい。さっと顔を赤くしながらリィンを見上げると、どこかとろりとした、満足気な紫色の瞳と目が合う。
「すごくよく眠れたから。今度は一緒に寝てくれ」
「それはその、良いのですけれど」
一瞬机の上の書きかけの手紙を見て、そしてそっと目を伏せた。手紙が遅れることを遠くの地にいる人に心の中で謝ってから、リィンの腕に身を委ねる。手紙も大事だが、目の前の大事な人の願いも叶えたい。
そっとその胸に頬を摺り寄せて、メリルはそっと目を閉じる。きゅう、と腕に緩く力がこもってから、額に柔らかいものが一瞬触れた。
柔らかい声が耳に触れる。
「おやすみ、メリル」
「……おやすみなさい、リィンさん」
リィンに触れている体と、触れられた額からじんわりとあたたかくなって、胸から湧き出る気持ちと共に溶けてしまいそうな感覚。幸福という泥濘に浸かっている。
メリルは、幸せだった。
友人への便り