車好きの依頼人


 夜に美人と車でデート、世間一般的には喜ばしいことだ。
 夜景を見ながら愛車のハンドルを握り、助手席を向けばそこ相手がいる。「夜に美人と車でデート」というとそんなものだろうなとヴァンはガラスの向こうに流れていく夜景を見た。揺れの少ない車体を操るのはヴァンではない、ハンドルは別の人間が握っている。

「ご気分でも優れませんか? 一度停めたほうがよろしいでしょうか」
「ああいや、大丈夫だ」

 そうですか、とにっこり笑って意識を運転に戻した女性が絵画から出てきたような美人であることはヴァンも認めるところであったが。どうにも性格にクセの強い(それか腕っぷしが強い)美人にばかり遭遇してきたヴァンにとっては、美人というのはそれだけでやや警戒するものだった。職業上、美人局やらハニートラップやらに関わることがあることも原因の一部か。
 美人は鑑賞するのが一番で、干渉するべきではない。分かっていてもそうはいかないのは、職業のせいか、性格のせいか。

「ヴァン様にお付き合い頂けて本当に良かったです。これで安心して共和国ですごせますわ」
「って言ってもなあ。あんたは歩いてるだけでああいう輩をくっつけてきそうだし、今回で終わるとは思えないんだが」
「ある程度は自衛もできますし、そう頻繁にはおきないと思うのですが……」
「例の恋人が近くにいたらわからんでもないが、今は単独行動だろ? まあ、また何か起きたら依頼でもしてくれ」
「はい、そうさせて頂きますね。今回の報酬もこの後お振込み致しますわ」

 踏み込まれたアクセルにぐんとスピードが上がる。深夜の高速道路は交通量も少なく、追い越す車も疎らにイーディスへの道を駆けた。
 走行音と暫くの沈黙の後、少々照れが混ざった声色で運転手――メリルはヴァンに声をかける。

「よろしければ、遠乗りに付き合って頂けませんか? 興が乗ってしまいまして……」
「勿論構わない、エトワスのスポーツカーに乗る機会なんて滅多にないしな」
「あら、でしたら次のSAでハンドルを譲りましょうか。クセのない子なのですぐ慣れるかと」
「それは嬉しい提案だが、いいのか? 他人に愛車のハンドルを握らせて」
「ヴァン様が車好きなのは見ていて理解ができますから、無作法な運転をされるとは思いませんし。それに、わたくしの本命はバイクですので」
「流石導力バイクの本場ってことか。わざわざ共和国で車を買ってるあたり、その本命のバイクはこっちに持ってきてないのか?」

 ヴァンの問いかけに一瞬メリルが黙り、白手袋に覆われた指がハンドルをなぞる。言うべきかそうでないか迷う仕草のあと、困ったような微笑みが形作られた。

「それなりの武装を積んでいるので、帝国に置いてきました」
「むしろそれはなんで帝国で許されてんだ……」
「ふふ、何故でしょうね」

 ぺらぺらの笑顔ではなく、楽しげな笑い声を小さくあげたメリルの横顔を盗み見る。
 ”匂い”であったり、目線や表情の動きであったり、言葉の端に滲む感情であったり、ヴァンは様々なことに敏感だ。気付こうとすることもあれば、気付いてしまうこともある。
 全く興味のない赤の他人ではなく多少信頼を得たからか、この女性の感情もそれなりに正しく理解できた。メリル側もそれを良しとしているのだろう、あまりにも完璧すぎる微笑みを見せることは少ない。

「ヴァン様にはいつか車の話を沢山聞かせて頂きたいなと思っていましたの。この子のカスタムの相談にも乗っていただけたら心強いです」
「そういえばこの車はそんなにいじってる感じじゃないな。リバーサイドの整備屋は知ってるか? そこの親父さんがやり手でな、あんたの都合のいい時にでも一緒に行こうぜ」
「まあ、是非お願いします。即納できるものから急ぎで選んだこともあって、あまり手をつけていないのです。……ふふ、車の話ができるお友達は初めでですわ」

 出張先で見た時と同じ、導力車に向けるきらきらと子供のような輝きを湛えた二色がヴァンをみた。
 信頼とも甘えともつかない響きに、勘違いする人間も少なくないのだろうなと思う傍ら、ヴァンの脳裏には噂とメリル本人から聞いた大戦の英雄の存在がちらつく。ヴァンにその気が欠片もないとはいえ、話を聞くにそれなりに独占欲の強いその人物に自分の存在が知れたら、あまり良くないだろう。
 二年前の出来事のほぼ中心にいた人間、かの剣聖からの嫉妬などどうなるかわかったものではない。厄介事は本当に御免である。
 その手の感情に敏いのか疎いのかわからないメリルにヴァンは困り顔を向けた。

「有難いが、俺のことは絶対恋人に言わないでくれ、それか性別を詐称してくれ。まだ命が惜しいんでな」



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