フィディースの影


 リィンがずっと口を閉ざしていることでメリルが当惑している。
 白く細い腕にできた傷を布の上から圧迫すると、痛むのかメリルは一瞬顔を歪めたが、すぐにリィンを見て不安げな表情になる。そのような顔をしたいのはリィンのほうなのだが、怒りやら後悔やら安心やら、言いきれぬ感情がぐちゃぐちゃに混ざった状態で、自分が今どんな顔をしているのか予想もつかない。
 手を離すと、布には赤が滲んでいたが血は止まったようでそれ以上その面積を増やすことはなかった。学院から出立する時にエマから預かっていた薬をそっと塗り、清潔な布で覆ってから包帯を巻いていく。
 すっかり見えなくなった傷を布越しに射るように見つめる。戦いの中では大なり小なり怪我はする、この位の傷は些細なもの――それでも、リィンを庇ってできた傷だ。
 目の前に飛び出した影がメリルだと認識した時リィンの心臓がどれだけ酷い音を出して痛んだか、思い出したくもない。幸い浅い傷で、魔獣も反撃で仕留めることができたからよかったものの、もしそうならなかったら……という想像が頭を掠める度にリィンは背筋が凍った。

「お怪我はありませんか?」

 ハッと顔を上げるといつもの穏やかな微笑みがそこにある、それは良い事だろうにリィンは心の中をめちゃくちゃにかき混ぜられたようだった。
 メリルは戦闘においてリィンを庇わなければいけないほど弱いとは思っていないだろう。事実、今回だってきっとリィンは対処出来ることだった。きっと咄嗟に体が動いてしまったとかそういうもので、それならばリィンにも身に覚えはたくさんある。しかし、メリルは自分の命を軽んじている節があるので、身投げ同然に庇われたのではと勘ぐってしまう。彼女が自分を大事に思ってくれていることは痛いほどわかるというのに。

「……怪我はないよ、ありがとう」

 信頼していると思っているのに、全然信頼できていないなと一人で勝手に悲しくなって、リィンは包帯を巻いた腕を撫でた。



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