澱んだ他傷


 俺が残した傷は消えないのだろう、目の前にある涙に濡れた瞳を眺めてリィンは思う。
 リィンが触れることのできない内傷は、リィンが残すものだ。己の大元である因果のリィンでもなく、この世界のリィンでもなく、エリュシオンに読み取られ再現された自分が残す爪痕。
 突き立てた爪がメリルの柔い心を傷つけていることは、酷く暑いバベルの中で床を濡らした雫が語っていた。すでに存在が消失し始めている指先では拭うこともできないが、己の為にメリルが傷つき、涙を流したという事実だけはこの世界に残るのだろう。
 自分が持つ記憶のメリルにも同じように傷が遺ったのだろうか、確認する術などもう存在しないが、そうであれば良いと思う。美しい思い出ではなく心を苛む傷として残ったリィン・シュバルツァーは綺麗なものになどならない、ずっと失った時のままの姿でメリルの中に居続ける。それを、確かに嬉しいと思う自分がいた。
 ここにいる、ここにいた。メリルに残る傷こそが、いつだって自分の存在証明になる。
 いつの間にかこんなにも悪辣に染まった指先をメリルに伸ばす。
 体温を感じることもなくすり抜ける指先にくしゃりと顔を歪めた彼女をみて、リィンは笑いながら意識を宙のような暗闇に委ねた。



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