バレンタイン
東方では古来よりカカオは媚薬として知られており、様々な使い方をされてきたわけだが。現代となってはチョコレートの材料、くらいの認識の人が大半である。
リィンはというと、幼い頃ユン老師から何かの拍子にカカオの話を聞き、年齢がたってから他国の文化を調べた際に本で目にして、「あれは老師の冗談ではなかったのだな……」とあの愉快な老人の発言を小指程度疑ったことを反省した。
そして今、チョコレートとそれを差し出してきた恋人を見て、カカオ自体を摂取せずとも効果があるのではないかと思い始めたことろである。花は勿論、鍵やカメオといった精巧な形のものも皿に並べられて……というよりは積み上げられており、種類と数の多さからメリルも楽しんで作ったのだろうなということが見てとれた。にこにこと笑うメリルは大きな導力機器を前にした時の様に無邪気で可愛らしい。彼女がこうして朗らかに笑っていることは、リィンにとって胸の奥があたたかかく灯るような幸いだ。
「最近の製菓材料店は製菓道具も種類が多くなっていまして、家でこういった見栄えの良いものが作れるというのは嬉しいですね。とても楽しかったです、少々数が多くなってしまいましたが」
「俺は嬉しいから一向に構わないが。この量なら……少なくとも三日は君のチョコが食べられるんだろう?」
「い、一応早めに食べていただいたほうがよろしいかと……」
ぽそぽそと小さな声でそう言ったメリルは、はしゃぎすぎた自覚があるからか恥ずかしさで頬を染めている。「君にも」とリィンが一粒チョコを摘み、そっとメリルの口元に寄せるとほんのりと頬を赤くしたまま口を開くので、まるで餌付けだなと思いながらチョコを食べさせる。鼻を擽る甘い匂いは、チョコそのものとメリルの纏う残り香だ。口の中で溶かして味わうすこしの沈黙を見守って、口元を綻ばせる恋人を優しく見つめた。
「美味しいか?」
「はい。リィンさんが手ずから食べさせてくださたので、とても」
「じゃあ俺にも」
軽く口を開いたリィンに、メリルも先程の恋人に倣ってチョコを一粒摘む。
甘いハートがひとつ消えて、甘やかに溶けていった。