/ / / /


「あら、可愛い〜! ちっちゃい〜かわいい〜!」

 帰り道で会った蘭の誘いで毛利探偵事務所に立ち寄った江威子は、事務所の扉を開けた先にいた少年を見ると挨拶もそこそこに早足で近づいた。ソファに座ってテレビを見ていたコナンは、突然入ってきた叔母に驚いて隠れる間もなく頭を撫でられる。

「ぼうや、お名前は?」
「えっ、江戸川コナン!小学1年生!」
「一年生!ちっちゃい頃の新ちゃんにソックリね〜!可愛い!」

 そっくりもなにも本人なのだが、当然そんなことは言えないのでコナンは乾いた笑いをもらす。
 コナンがこの状況をどうすべきか悶々と考えている間に、蘭と江威子の間ではとんとん拍子で話が進んでいく。『それじゃあコナンくん借りていくわね』という声にハッと顔を上げた時には、もうすでに蘭がコナンの上着を取りに部屋を出たところだった。事務所の定位置で珈琲を飲んでいた小五郎と江威子が頭上で話しはじめる。
 
「いやぁーホントにいいんですか江威子さん」
「わたしが言い出したんですから、いいんですよぉ。それに、一人でご飯食べるのもちょっと寂しくて」
「コナンでよければいつでも連れ出してやってください。いいかぁコナン、江威子さんに迷惑かけるんじゃねーぞ」
「……はぁーい」
「お利巧さんみたいだから大丈夫ですよ。それじゃあ、お預かりしていきますね」

 コナンの意思をさらりと無視して行われた一連のやりとりのあと、江威子に手を引かれて毛利探偵事務所を出る、横を歩く江威子にコナンとして会うのは初めてだった。
 意外と勘の鋭い人だからバレやしないかひやひやしながら夕飯を食べるのか、と思うとコナンは気が重かったが、江威子のマンションへの道の会話は普通の親子のような学校の話や、蘭や小五郎などの同居人の話、友人や休日の思い出などで、工藤新一に関することは触れておらず、正直ホッとした。

「本当に新ちゃんにそっくりねぇ、推理とホームズが大好きなところが」
「しっ、新一兄ちゃんがよく話してたから、ボクも見るようになっちゃって、あはは」
「そうなの?新ちゃんもこんなに小さくて可愛いお友達がいたなら教えてくれればよかったのに」

 見慣れたマンションの前でロックを解除して、エレベーターに乗る。
 微かな起動音と振動を感じさせながら上昇する箱の中で軽快な音楽が流れ始めた。江威子が慌てて鞄から携帯を取り出そうとするが、その指をすり抜けて携帯は床に落ちる。江威子が着信音に指定しそうにない、今時のJPOPに首をかしげながらコナンは拾った携帯を江威子に渡した。
 ありがとう、と礼を言った江威子が電話にでる。

「はい、江威子さんです。うん、……うん、大丈夫よ。それじゃあ待ってるわねー」
「……ボク、帰ったほうがいい?」
「いいのよ。今日はコナンくんがお客様だから。あの子は、まぁ、うん」
(誰かしらねーけど、今日はお前客扱いされないみたいだぞ……)

 名も姿も知らない誰かに思いを馳せながらコナンは玄関で脱いだ靴を揃えた。
 最後に工藤新一として訪れた時とは違い。カレンダーが正常に捲られ、季節感のある上着が椅子にかけられ、テーブルの上にはバラが飾られている。……紫倉夫婦のどちらも、バラを飾るような趣味はなかったと思うが。
 コナンの分の飲み物をテーブルに置き、テレビをつけた江威子がくるりと振り返った。

「あっ、コナンくんはなにか苦手なものとかある?お魚見ただけで叫びながら後退するとか、そういうのはない?」
「レーズン以外なら大丈夫だよ」
「苦手なものまで新ちゃんそっくりなのね」

 コナンは一瞬ギクリと身を硬くしたが、江威子は一言二言コナンに告げるとそのままキッチンに入っていった。
 江威子が夕飯を作っている間、コナンは失礼と分かりながらもじろじろと部屋を眺める。ふと、写真立てが増えていることに気がつき、よく見てみようとソファから立ち上がると同時に『ピンポーン』と来客を告げる音が響いた。江威子がインターフォンにも出ずにそのまま調理を続けているので、自分がでたほうがいいのかとコナンが玄関に足を向けると、何者かが玄関から入り靴を脱いでいるのが目に入った。

「江威子さーん、こんばんはー今日のご飯なにー?」
「快斗くん、先に手洗いうがい!制服脱ぐならハンガーにかけてね〜」
「はーい、って……おいおいおい」

 江威子は簡単に快斗に顔を見せてすぐにキッチンに引っ込んだので、その場にはコナンと快斗だけが残る。
 コナンは叔母と知り合いの謎の学生に警戒し、快斗は予想していなかった人物との予想外の場所での遭遇にポーカーフェイスを保つことに必死になっていた。なんで名探偵がここに、と思考を巡らせる快斗との間の妙な沈黙の後、コナンが口を開く。

「お兄ちゃん、誰?」
「……おっ、オレ、黒羽快斗、よろしくな!」

 視線を彷徨わせながら苦し紛れに手から出されたバラを、コナンは冷めた目で見つめていた。

えっ、江戸川コナン!小学1年生!



ALICE+