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 鈴木家のQ.セリザベス号の中で、江威子はキョロキョロと辺りを見回す。
 招待してくれた朋子と鈴木会長に挨拶をし、お手洗いに行ったはいいものの、どうやら会場とは全く別の方向に歩いていたようだ。怪盗キッドの予告状が届いているからか、船内には警官の姿が多い。お仕事中の人間に道を聞くのはなんとなく気が引けて、江威子はそのままぶらぶらと甲板に出た。

「ここはどこかしら。広すぎるのも考え物ねぇ」
 
 海から時計に目を移すと、もうそろそろパーティーも始まる時間だ。挨拶したとはいえ参加しないのは失礼だろうと、江威子は来た道を戻ろうと一歩踏み出して、視界の端に映るものに足を止めた。あたりに警官の目がないか確認して、隠すように置かれた白い物体に近づきしゃがみこむ。

(もしかして、怪盗さんのハンググライダー?)

 広げると元に戻せなくなると思うのでそっと撫でて、形を把握しようと様々な角度から眺める。
 あまりにも夢中になってジロジロと眺めていた江威子は、自分に近づく靴音に気づかなかった。ぽんと肩に置かれた手に、驚きに声も出せず振り返ると、そこには若い警官が不思議そうな表情で立っていた。

「座り込んで、どうかしましたか?気分が優れないとか……」
「いえ、大丈夫です。……それよりもこれ、こんなところに置いておいていいの?逃げるときに使うんでしょう?おばさんに見つかってるし普通に中森さんにバレない?それにこの船に今ちっちゃーい名探偵もいるのよ?大丈夫なの?」
「あの」

 畳み掛けるように言われた言葉に警官は唇の端をひくりと引きつらせる。動きを固まらせたままの警官の前に立ち上がると『聞いてるの怪盗さん』と江威子はその頬を思い切り引っ張った。ぐにゃりという感触と同時に肌色が破れ、本来の肌の色が露になる。ギョッとした顔の快斗……キッドがそこにいた。

「……江威子さん、人が見てたら相当危険だったのですが」
「こらこら、ポーカーフェイスポーカーフェイス」
(尤もなことを言われてるのになんか納得できない)

 キッドは笑う江威子の手を引いて甲板の椅子に座らせる。ぎゃあぎゃあと海鳥が鳴いているのを聞きながら、江威子は潮風に煽られる髪を手で抑えた。流石に警官の姿のまま椅子で寛げないのかキッドは立ったままだ。

「今日はどうかしら?」
「いつも通り、成功させますよ」
「怪我とかしちゃダメよ?いつも気が気じゃないんだから。消毒液も絆創膏もガーゼも包帯も買って返せば終わり、ってわけじゃないのよ?窓から怪我した貴方が入ってくるたびに冷や汗かくんだから」
「それは、……ごめんなさい」

 謝りながらもキッドは口元がにやつくのを抑えることができなかった。心配してくれていることが嬉しい。
 ぺしんと腕を叩かれて意識を戻すと、江威子はジトッとした目でキッドを見ていた。ポーカーフェイスどころか感情を顔に垂れ流している怪盗を見て、今回の仕事がうまくいくのかやや不安になる。

「もう、笑い事でもなんでもなく、本当に気をつけてね」
「わかっていますよ。準備も万全です」
「ハンググライダーの位置がバレたのはカウントしないの?」
「相手が江威子さんだからノーカウントですよ」

 ウインクしながら親指をぐっと立てて言うキッドに、江威子ははぁと溜息をついた。
 いつだって不思議なくらい自信満々なのだ。彼の父の教えのポーカーフェイスと相まって、失敗などないように見える。彼にも失敗くらいはあるとわかってはいるが……。恭しく、キッドがお辞儀をする。

「私のショー、是非特等席でご覧ください」
「あら、じゃあ小さい名探偵の傍にずっといるわね」

 腕時計を見たキッドが制帽を深くかぶり直しながら騒がしくなってきた船内に目を向ける。そろそろパーティーが始まるのかしら、などと他人事のように考えていた江威子は、キッドがその場から去ってから、あっと声を上げた。

「……会場までの道聞いておけばよかった」

 朋子と真田の余興に、江威子が本気で悲鳴を上げたのは数十分後。
 小さな名探偵に追い詰められて海から逃げた怪盗が風邪をひいて、江威子に叱られるのは、小さな名探偵が新聞の一面に載ってからだった。

私のショー、是非特等席でご覧ください



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