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 ぐちゃぐちゃと靴の中まで侵蝕する水の感覚に顔を顰めながら、快斗はエレベータから目的の部屋番まで走る。インターホンも鳴らさずにロックを解除すると、すぐにドアを開けて暖かい室内に潜り込んだ。

「江威子さん、おじゃましまーす!」
「快斗君、おかえりなさい!濡れたでしょ?お風呂準備してあるから、先に入っちゃってね!あ、あとそこに新聞紙置いてあるから、靴の中に詰めちゃってねー」
「はーい!」

 言われたとおりに手早くスニーカーに新聞紙を詰めると、びしょびしょになった学ランを脱ぎながら風呂場に向かう。綺麗に整頓された脱衣所でサッと服を脱ぐと、ほかほかと湯気の立つ湯船に浸かった。
 芯まで冷え切った体がじんわりと温まっていく感覚に、快斗はへにゃりと体を脱力させる。

「おかえりなさい、か」

 ついさっき玄関で言われた言葉を思い出して、快斗は天井に昇っていく湯気を見つめた。
 今まで何度も何度もこの家に押しかけ、世話になった。そのたびに快斗は『お邪魔します』と言い、江威子は『いらっしゃい』と返してきた。ご飯が用意されていることはよくある事で、こうして天気予報に裏切られた雨が降れば風呂の準備がしてある。それが割と当たり前になったのが最近だ。

「……うへへ」

 最近は自分の家に帰っても、母親が不在で返事が帰ってくることが少なかったからだろうか。江威子にかけられた『おかえりなさい』が特別嬉しく感じる。実際に『いらっしゃい』が『おかえりなさい』になったことで、どこか、なにか壁を超えられたような。江威子の日常という範囲に入れたような気がして嬉しいのだが。
 やだなぁ調子のっちゃうよ、と心の中で呟いて快斗は湯船の中で満面の笑みをうかべた。ぱしゃぱしゃと湯を弾いては、嬉しさをこらえるように湯に顔をつけて埋まる。
 そうして暫く過ごした後、思い出したように風呂から上がった。

「随分、お風呂が気に入ったのね」

 リビングのテーブルに食事を乗せた皿を置いていた江威子が、視線を快斗に送る。
 その視線を受けた快斗は、テーブルの上の食事をざっと見渡して、申し訳なさそうに眉を下げた。長いこと風呂に浸かっていた自覚はある。

「えっと、ご飯……冷めちゃった?」
「お味噌汁は温めるし、ご飯はいまからよそうから大丈夫よ」
「そっか!よかった!……えーと」

 いつもの指定席、江威子の向かいの椅子に座った快斗が言葉を濁らせたので、江威子はしゃもじを握りながら何事かと快斗を見つめた。その視線をうけた快斗は周囲が明るくなるのではと錯覚するくらい、パッと華やかに笑うと、照れくさそうに口を開いた。

「江威子さん、ただいま」
「?、おかえりなさい、快斗くん」

 その返事にまた嬉しそうに笑うと快斗は江威子の差し出したお茶碗を受け取った。

えっと、ご飯……冷めちゃった?



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