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鈴木次郎吉の競り落としたひまわりを運ぶ『サンフラワージェット』。
見覚えのある姿に江威子は小走りに近付く。自分の視界に影がさしたことで座席に座っていた人物は顔をあげると、驚きに目を見開いた。
「江威子!どうしてこの飛行機に……っと、君は鈴木財閥のお抱えだったな」
「今回は帰りにご一緒させてもらってるだけよ。ふふ、それにしても久しぶりねチャーリー。ニューヨークだけの警備って、次郎吉さんに聞いていたのだけど」
「キッドの狙いがひまわりである以上、放置するわけにもいかないだろう。しかし元気そうでなによりだ、顔を見れて良かった」
あら嬉しいと微笑んだ江威子に『すまない、続きはあとで』と一声かけてチャーリーは次郎吉のもとへ行く為に席を立つ。それを少し残念に思ったが、このあとも話す機会はあるだろうとその後姿を見送って、江威子も自分の座席に戻るためにほぼ空席の機内を歩き始めた。
不意に、グイと手首を引っ張られて後ろによろめく。自分の手首を掴む男性の手、それを辿っていけば、見慣れた甥っ子の顔が不満そうな表情をしていた。いま日本にいる、しかも小さくなっているはずの甥っ子のその表情に苦笑いして、江威子は彼の横の席に腰を下ろす。
「江威子さ……江威子叔母さん。あのアメリカ人と知り合い?」
「チャーリーは友達よ、主人のね。それよりも、撃たれたらしいけど怪我はない?」
後半は小声で聞かれた事にキッドは『全然平気』と答える。
さすがは銃社会アメリカ、日本ではなかなか体験できない銃で撃たれるという経験ができた。……日本でもまぁ、少しばかり前に江威子の甥っ子に撃たれたが。チャーリーの放った鉛玉はキッドには当たらず、キッドは逃走。そしてキッド逮捕の手助けをするために高校生探偵『工藤新一』がこうしてサンフラワージェットに搭乗している。
堂々と甥の姿を利用する怪盗を横目に江威子は日本での会話を思い出していた。
『あれ、江威子さん。ひまわりについて調べてんのか』
『そうよー、次郎吉さんからのお仕事がこれに関わるものでね。改めて見ておかないとなって思って』
へぇ、と複雑な顔をした快斗をその時は疑問に思ったが、仕事絡みだったのかと江威子は納得した。ニューヨークに行くとは告げていたが、仕事ではなく私用と伝えていたし、まさか同じ飛行機に乗ることになるとは思わなかっただろう。
甥っ子の姿をしたキッドと他愛のない話をしていると、突然やってきた次郎吉がキッドの頬を思い切り引っ張る。変装もなにもしていない顔はただ痛むだけ。キッドは思い切り引っ張られた事とニューヨークの警備だけと聞いていたチャーリーがこの飛行機にいる事に文句をつけはじめた。貴重な『銃で撃たれる』経験をさせてくれた相手、それでいて自分が好意を寄せる江威子と親しげなのだから、突っかかりたくもなる。江威子はといえば、そんなキッドと文句を言われているチャーリーを交互に見て苦笑いするしかなかった。
そんなほんの小さな衝突の後、また落ち着いた機内でキッドと江威子は話し出す。傍から見れば、久々に会った甥と叔母の微笑ましい会話だ。
「お仕事は良いんだけど……あまり無茶はしないでね、って言っても聞かないでしょうから、大きな怪我はしないでね?」
「江威子さんがオレの扱いに慣れてきた。無茶はまぁ、するかもしれないけど。怪我はしないように努力し……ます!」
全部相手の出方次第なんだけどなと考える怪盗をじろりと睨んでとりあえずの言質を取ると、江威子は満足げに頷いた。
羽田につくまで少し時間がある、羽田から江古田に帰る前に次郎吉の話に付き合わされるのは目に見えているので、今のうちに休んでおくべきだろうと江威子は座席に背を預けて目を閉じた。そんな江威子の頬に手の甲で触れたキッドがつまらなさそうに唇を尖らせる。
「江威子叔母さん、寝るのか。残りの時間、暇になるなぁ」
「十数時間の空の旅はおばさんには疲れるものなのよ。空港についたら起こしてね……って言いたいところだけど、羽田まで一緒にいるのかしら」
「どうだろう。オレとしては一緒にいたいけど」
相手の出方次第かな。と今度は口に出した台詞に今度は江威子が唇を尖らせる番だった。
空港まで一緒ではないということは、空の上で何かしらするのだろう。当然それは失敗すれば怪我をするのだ。……失敗するとは微塵も思っていないのだが。複雑な江威子の心中を察したのか、キッドが苦笑いして頬を撫でた。二人離れるまでの僅かな時間、頬の感触を堪能するくらいは罰は当たらないだろう。
羽田が近づいているという他の乗客の会話、時計は15時近くを示す。この先大きな揺れと混乱がサンフラワージェットを待ち受けているのだが、そんな事は露知らず、ただただ頬と手で触れ合っていた。
どうだろう。オレとしては一緒にいたいけど