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 美術館なんて久しぶりだ。
 甥とその幼馴染の美術の課題の付き添いで数回足を運んだだけで、江威子個人としては結婚する前に夫とデートとして来たくらいだろうか。懐かしいなぁと、何も変わらない建物を見て思い出に浸る。そんな江威子に、振り返った快斗が呼びかけた。

「江威子さん、置いてくぜー」
「置いていくなんて随分紳士的じゃあないのね、か・い・と・う・さん」
「オレが悪かったので外でその呼び方は止めてくださいお願いします」
「そうね、それじゃあ行きましょうか快斗くん」

 にっこり笑って快斗を置いていくように早足に美術館に入っていく江威子を、快斗は慌てて追いかけた。実はとても子供っぽい人なのかと目の前で揺れる髪を見ながら思う。
 数々の名画や宝石と一緒に来日したビッグジュエルが、短い期間ではあるが米花美術館に飾られている。先日予告状を送ったからか警備は厳しく、宝石の飾られているショーケースも一般客からは随分と遠い。ぐるりと宝石の飾られた部屋を見渡していると、いつの間にか隣にきていた江威子が同じようにあたりを見回す。

「盗りに来るのはいつだったかしら……。何にしろ、またテレビはキッドのことばかりね」
「嫌?」
「最近はそうでもないわ、甥っ子もなんだか生き生きしてるし」
「江威子さんの甥っ子って、やっぱりあの探偵なの?」
「新聞とかでよくそう言われてるけど、わたしからしたらただの可愛い甥っ子よ。あんまり危険なことはしないで欲しいんだけど」
「……この間、拳銃ぶっ放してきたのはその甥っ子なんですけどねぇ」

 『そういえばあの子、義兄さんからいろいろ習ってるから狙撃くらいできるかもしれないわねぇ』と呑気に呟いて江威子は頬に手を当てる。よく事件にも巻き込まれているようだし、甥っ子自身のほうがよっぽど危険なんじゃ、と言いそうになって快斗はぐっと言葉を飲み込む。

「下見はもういっかなー」
「あら、意外と早いのね」
「どれだけ警備を布いても、結局今回の宝石もオレの手の中だよ」
「すごい自信ねぇ」

 少しばかり呆れた様な視線を受けながらも快斗は大口を開けて笑うが、まわりの客の視線をうけて美術館内だと思い出し、すぐに口を閉じる。江威子は今度こそ呆れながら溜息をついた。いまだに纏わりつく鑑賞客からの刺々しい視線を受けながらも江威子は快斗の右手を引いて展示スペースを歩く。普通逆じゃないのかと思いながら快斗が視線を送った先で、江威子の左手の指輪が照明を反射して鈍く光った。
 受付嬢に頭を下げられながら美術館を出ると江威子はすぐに手を離し、ぐっと伸びをして『あー視線が痛かった!』とジト目で快斗を見た。

「江威子さんが綺麗だからでしょ」
「違います、誰かさんが大声で笑うからです。……でもまぁ、そういうことにしておくわ。綺麗って言われて嫌な気分はしないもの」
「江威子さんはほんとに綺麗だよ」

 じっと目を見てそう言った快斗に暫くうろたえて、いやだわ口が上手いんだから!とばしばし快斗の背中を叩いた江威子は、くるりと体の向きをかえた。髪の間から覗くその耳が微かに赤いのを見て快斗はにやにやと笑う。笑ったことが気配でわかったのか、眉を顰めた江威子が振り返った。
 あの部屋の、と投げかけられた言葉に快斗は首を傾げた。

「ヒーターを片付けないといけないんだけど、手伝ってくれる?」
「もちろん」

 あとカレンダーも捲らないとね、と穏やかに笑った顔に快斗は顔が熱くなった気がしたが、視線を江威子から空に移して日光のせいだと誤魔化す。江威子とあの部屋の時間を動かすことができたのだと思うと、なんだか純粋に嬉しかった。ようやく冬から春になるであろう部屋を目指して、快斗は江威子の手をひいてバス停までの道を歩く。
 江威子は甥っ子とよく似た後ろ頭を見ながら、『今日は昼間に外に出たよ』とメールしてみようかな、と鞄の中の携帯を思った。

嫌?



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