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 工藤邸で夕飯と翌日暖めて食べられる朝食を作ってから、江威子は自分のマンションに帰った。工藤邸の冷蔵庫の変わらぬ惨状を思い出してふぅと溜息をつく。甥っ子一人にしておくと、すぐにああなってしまう。いつまでも幼馴染の蘭に頼るわけにはいかないし、なんとか改善してもらわなければ。
 換気でもしようとカーテンを開けた江威子の手が止まる。

「……は」

 ベランダの手すりに体を預けてくつろいでいる白い怪盗が、江威子に気づいてひらひらと手を振り『こんばんは』と口が動いた。それを見ると、いつもの倍の速度で江威子が鍵を開けて、窓を開け放つ。
 おぉいつもより速い、とキッドが感心していると、白いスーツの右腕をむんずと江威子が掴んで口を開いた。

「こんばんは、じゃないでしょこのお馬鹿!」
「いっ!?」

 頭めがけて落ちてきた手刀。シルクハットがあるにも関わらず頭に直接響くような痛みに、キッドは短く悲鳴を上げる。そんなキッドを強引に部屋に引き込んだ江威子は、キッドをソファに座らせるとその前に仁王立ちした。顔が明らかに怒っているので、キッドは思わずソファの上で正座する。

「いつ帰ってくるか分からないんだから、外でのんびり待ってるんじゃなくて、お得意のピッキングでもなんでもして中で暖をとりなさい!風邪ひいちゃうでしょ!」
「女性の部屋に不法侵入はどうかと」
「散々不法侵入して窃盗してるじゃないの」

 今更よと言う江威子に、紛れもない事実なのでキッドは何も言い返せない。そして、本当に今更ながら窃盗という二文字が重々しく感じた。
 はぁと溜息をついた江威子はキッドの頬にそっと触る。急に触れてきた白い指と、近くなった距離に驚いたキッドが後ろに倒れ込み、背もたれに激しくぶつかる。

「こんな冷えてるじゃないの、紅茶でもいれてくるから待っててね」
「……はい」

 甥っ子その2扱いなのかもしれないなと思いながら、キッドは心音を鎮めるために深く息を吐いた。頬から離れてしまった温かい手を残念に感じ、白い手袋のまま自分の頬に触れた。
 マントとシルクハットをはずして弄んでいるとキッチンからマグカップを二つもった江威子が出てくる。目の前に置かれた色違いで揃いの形をしたカップをじっと眺めていると、なんだか妙な気分になってきてキッドは首を傾げた。怒りとも少し違う、どちらかというと寂しいがあっている。まるで、嫉妬のような。

「何故に嫉妬」
「なぁに?」
「ああ、いや、なんでもないです」

 温かい紅茶を一口飲んでマグをテーブルに置くと、急に江威子がキッドの頬を掴んで伸ばし始める。中森警部がキッドの変装を破るためによく行っているが、まさか江威子にされるとは思わなかった。遠慮なく引き伸ばされて若干涙目になりながら『気は済みましたか』と尋ねると、江威子は納得したような顔で頷く。 

「怪盗さん、それが素顔なの?」
「ええ、まぁ」
「本当に、よく似てるのね」

 並んだら兄弟みたいなんでしょうねと呟いてマグに口をつけた江威子の目が笑った。
 本当に血縁だったら、どこぞの探偵のように彼女を連れまわしてご飯を食べてタメ口をきいてやりたい放題できるのかなとキッドは考えて、自分の思考に頭を抱える。信条のポーカーフェイスはどこへやら、百面相をしているキッドをあらあらと江威子は不思議そうな目で見ていた。

(……これは、まさか)

 好き、なのだろうか。

(10以上も歳が違って。あの天敵探偵の叔母で、そもそも会ってそんなに経ってない。旦那さん亡くしたばっかの、いわゆる未亡人の彼女を?そんな、)

 まさかと思いながらも、頭の片隅では納得している自分がいてキッドは尚更頭を抱える。
 理由もなく彼女の家を訪れてしまう事も、一挙一動が気になることも、自分の不可解な感情も全て、解決するような気がして。それと同時にあまりにもハードルが高すぎる恋に眩暈がした。
 気付いてしまった恋の話。

何故に嫉妬



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