/ / / /


 はぁ、と江威子は溜息をつく。今日こそはお昼に起きようと思っていたのに、結局起きたのは夕日が沈みきってからだった。鴉の鳴き声が虚しく窓の外から聞こえてきて、江威子はそのまま頭を抱えてベッドに沈んだ。
 暫くそうしてタオルケットに包まっていた江威子だったが、家事をするためにもぞもぞとベッドから起き上がって着替え始める。上からエプロンをつけると洗濯物を洗濯機につっこんで、風呂の残り湯を抜く。主人が死んでからは、シャツにアイロンをかけることも無いので、アイロンは部屋の隅に忘れられたままだ。
 夕飯は何にしようかと考えながらカーペットの上に掃除機を置く。昨日は肉だったので、今日は魚がいいかもしれない。アジが丸々数匹冷蔵庫にいるのでフライにでもしようかと江威子は掃除機の電源を入れた。

「ふぅ」

 掃除機をかけ終わった部屋を見渡すと、洗濯物が終わったのか軽快なメロディが脱衣所から聞こえてくる。掃除機をしまって、浴室を見るとお湯が抜け切っていたのでついでに風呂も洗う。お湯をはってすぐに入れるようにするために蛇口を捻る。乾いた洗濯物を籠に入れてリビングに持って行き、先にお米を研ごうと籠を置いてキッチンに立った矢先に窓からノックが聞こえた。
 既に見慣れた白い怪盗を部屋に招きいれると、キッチンの様子を見たキッドはおやと声を上げる。

「ご飯支度中でしたか」
「ええ、今日は寝坊しちゃって……。まぁ、一人だからご飯はいつでもいいのだけど」
「いつも一人で食べるのですか?」
「そうねぇ、だいたいそうだわ」

 研ぎ終わったお米を炊飯器にセットして、エプロンで手を拭きながら振り返ると、ソファに座りながらタオルを畳んでいるキッドが目に入り(意外と綺麗に畳んでくれている)そのあまりのアンバランスさに江威子は思わず噴き出す。

「世間を騒がせてる怪盗さんがタオルを畳む姿とか、貴重ね」
「何もしないのも気が引けたので」
「ありがたいわ。そうだ、ご飯食べていく?」
「……良いのですか?」

 こてっと首を傾げる姿は、妙に幼くて、白いスーツやシルクハットには不釣合いのように感じた。
 冷蔵庫からアジを取り出すと、後ろからガタッと何かがぶつかる音がする。何事かと江威子が後ろに視線を向けると奇妙な姿勢のまま立ち上がったキッドが江威子の手元を見て固まっている。

「怪盗さん?」
「さっ………魚」
「そりゃアジは魚だけどって、あっ!?」

 不自然な態勢のまま綺麗に後ろに倒れたキッドは、アジを手に持ったままの江威子が近づくと、物凄い速さで後ずさりする。
 その様子に魚が苦手なのかと納得した江威子は、特にアジを置いたりはせずにキッドに近づいた。江威子が近づく分キッドが後ずさりし、距離は近づかなかったが、とうとうキッドの背が窓ガラスに当たる。ハッとキッドが自分の後ろと江威子を交互に見やり、顔を青くした。

「江威子さん、オレで遊んでるだろ」
「そんなことないわよ快斗くん!」
「滅茶苦茶笑顔で言われても説得力ねぇ……っ」

 思わず素がでたキッドににこにこ笑いながら江威子がじりじり迫る。ぐっと息を呑んだキッドは『調理が終わるまで失礼します』と叫ぶと素早く外に出て、夜空にハンググライダーを広げた。

「……遊びすぎちゃったかしら」

 開け放たれた窓と遠ざかる白い影を少し寂しげに見つめながら、ぽつりと江威子が呟いた。

何もしないのも気が引けたので



ALICE+