不可解でどこか心地良い
「ユーリス。わたしが貴方に良い感情を抱いていないと知っているのに、何故構ってくるのですか」
「そりゃあ、リゼが追い払わねえからだろ」
「貴方が追い払われないだけでしょう! あと、なれなれしく呼ばないでいただけますか、不愉快です」
「刺々しいねえ。おい剣先下がってんぞ、あと動きによって握る力考えろって前言っただろ。そもそも剣も槍も向いてないだろお前」
「……ありがとうございます」
ユーリスの言葉の一部に礼をいったリーゼッテに「律儀」と一言返してからユーリスの視線は手元の本に落ちる。
リーゼッテが剣の訓練をしていると、いつの間にか近くで理学の本を読んでいるのだ。彼が常駐しているアビスの書庫にある本のほうが、教本よりも興味深いだろうに……そんなことよりも気になるのは、ユーリスがこうして声をかけてくることだった。余計な一言がつくことも多いが、大半は的確な助言であることは否定できず、だからこそリーゼッテも無碍には出来ない。事実、ユーリスの言葉は役にたっている、先日もベレトに剣の扱いが上達したと褒められた。
構えを解き、剣を下しながらリーゼッテは小さく溜息を吐いた。難しい顔をしたユーリスはそんなリーゼッテの様子を気にも留めていない。
「ユーリス、その本はあまり信用しないほうが良いですよ。何故そのまま発刊されてしまったのかはわかりませんが、序盤の記述から間違っているのです」
「あ? あー、言われてみるとそんな気もしてくるな?」
「術式の理解も大事だとは思いますが、貴方なら実戦で覚えたほうが早いのでは? これだって、実際に魔力を流してみればわかることで……何ですか」
「俺様のことよぉーく見てるなと思っただけだ。ま、嫌なものは目につきやすいしな」
実際、リーゼッテがユーリスを見ていたのは”目につくから”だった。嫌でも目に入る、嫌だから目に入る、だからこそわかったことも多々あった。
アビスの住民以外にも面倒見の良い人間であるとか、甘いものが好きだとか、べるなでったを見る視線にどこか柔らかい物が混ざっている時があるとか。成りあがる事、財を築くこと、己の力を高めること、それらを掲げながら、一度懐に入れた人間に対しては紋章の有無だとか、貴族平民だとか、そういう視線を抜きに守ろうとする姿勢がある事。
好ましい人間なのだろうなとリーゼッテは思ったが、それは客観視したものだ。リーゼッテ自身、長年抱いてきたものがあるが故に素直に受け入れられないだけで、ユーリスはアビスの住民が彼を慕うことが当たり前のように、善良……とは言い難いが、良い人間だ。
「別に、そこまで嫌っているわけではありません。……好きでもありませんが」
「だろうな」
パタンと本を閉じたユーリスがリーゼッテの手から剣を取り上げて修練場の隅に放り投げる。それまで歩んできた道で学んだものか、ユーリスの身のこなしはしなやかで素早い。「危ないでしょう」と文句を言いながら、剣の代わりに投げ込まれた本を取り落とさないように慌てて抱えて、何をするのだとリーゼッテは非難の視線を送った。特に悪びれもせずに肩を竦めたユーリスの手から魔力が溢れて宙に陣を描く。
「付き合えよ」
この強引さをもつ人間は黒鷲の生徒にはいない。ニィと唇を吊り上げる顔は紅顔の美少年というよりは路地裏のゴロツキのように思えて、リーゼッテは先程よりも深い溜息をついた。
調子が狂うのだ、本当に。
それを少し悪くないと思うこと自体、狂っている。