好意、恋


 「ユーリスはきっと恋してるのよ!」という子供の言葉に、照れだとか驚きだとか、そういうものより先に「恋ってこんなもんだったか」と思ったことをユーリスはよく覚えている。
 なんせ恋などというものをしたのは随分と昔、それこそきっかけになった言葉を投げた子供くらいの時で。流行病に罹る前、母親と貧しいながらもそれなりに幸せに暮らしていた、今に比べれば綺麗な中身の頃だ。昨今といえば自身に寄せられる恋だの愛だのには常に金と権力と思惑が絡んでいたし、ユーリス自身がそういった感情を抱くこともなかった。
 ハァと溜息をついて老朽化の進んでいる灰狼の学級の椅子に座る、ギシと音を立てる椅子が埃を被っていないことからアビスの住民も一応は掃除はしてくれていたようだった。
 この数年、ユーリスもずっとガルグ=マクにいたわけではない、時には王国西部に足を運んでいたし、帝都に行くときもあれば同盟領に行くこともあった。今回は暫くガルグ=マクに滞在することになりそうだったので、最近のアビスの様子を尋ねたり、土産話を聞かせている時に先程の話だ。

「リゼ、ねえ」

 無論嫌いではない。出会ったばかりの頃は随分とあちらから嫌われていたが、ユーリス自身は彼女を特に嫌ってはいなかった。根が”大事にされてきたお嬢様”だなと思うことは沢山あったが、その環境で彼女なりの苦しみがあって生きてきたことをユーリスは知っているので、それをどうこういうつもりもなかった。
 真面目だからからかうと面白く、よく照れるので遊ぶと楽しい。怒りっぽく説教が長いのが玉に瑕だが、心根がお人好しな性質なのか基本的には相手の事を考えて長々と説教をしているようだった。無論、リーゼッテの主が絡むと話は別だったが。
 いつもはすました顔をしている事が多いが、喜怒哀楽が激しいのでころころと変わる表情も見ていて飽きない。造形がどうという話ではなく、ずっと見ていられる顔だなとユーリスは思う。やはり好意的だ、好きか嫌いかなら好きである。
 懐に入れてしまった。それでいて相手が外に出ようとしないから、まぁいいかとそのままでいる。
 好意ではあるが恋ではないような気もするこれが本当に恋ならば、実るかどうかは怪しいものだなとユーリスは他人事のように考えた。
 リーゼッテの好意の向いている先をユーリスは知っている。リーゼッテの恋が報われるものかどうか判断がつかないのは、好意を向けられている本人――ベレトが行方不明だからだ。彼女や自分、他の生徒達も彼が生きていると信じているが、ここ数年の探索もむなしく影も噂のひとつすらない。
 もし彼が戻ってきたのなら……その時はどうなるのだろうか。

「恋か、似合わねえな」

 手に入れるだけなら簡単だ、ユーリスはいつだって欲しい物はそれなりの手段を講じて手にしてきた。やろうと思えばリーゼッテだって、いままでと同じようにユーリスの手におさまるのだろう。
 しかし、到底する気は起きなかった。リーゼッテの恋がどうなるか見届けてからでもいいかと思ってしまったのだ。呑気なものだとユーリスが鼻で笑ったそれは、もしかしたら少しばかり戸惑いや竦みがあったのかもしれない。



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