一枚隔てた視線
机の上に置かれた眼鏡にベレトは首を傾げる、先程までこの席で講義を受けていたリーゼッテのものだろうか。そうだとしたら早く返してしまわなければ、今日はもう教室は施錠してしまう。……しかし入れ違いになっては手間だ、ぎりぎりまで施錠するのを待つかと席に座ったベレトが戦術の本を開いて数分。どこか急いた足音が近づいた。
「ああよかった、まだ開いていて……。あら、先生」
教壇の目の前の席まできて、そこに座るベレトを認めたリーゼッテが目を見開く。位置的に柱で隠れていたのと、いつもの癖で気配を消していたので気が付かなかったのだろう。レンズを通していない視線がベレトを見下ろしてからからすっと逸らされ、机の上にある眼鏡をとらえると一瞬安心したように緩む。いまもすぐ眼鏡を見つけたし、先程聞こえた足音には淀みがなかった、眼鏡が無くても視界には問題がないのだろうか。
「眼鏡が無くても支障はないのか?」
「ええ、視力の矯正のためにつけているわけではないので」
眼鏡を受け取りながらリーゼッテは礼を言う。じっと見つめるベレトの視線が落ち着かないのか、せわしなく視線を彷徨わせたリーゼッテだったが、諦めたように溜息をつくとベレトの深い海のような色の瞳と目を合わせた。
「異性と目を合わせるのが苦手なんです。でも、目を見ないというのも失礼ではないかと思って。あの……」
「眼鏡があるとマシになるものなのか」
「気持ち的には少しだけ……あの先生、苦手と言ったばかりなんですけれど、そんなに見ないでください」
眼鏡をかけようと持ち上がったリーゼッテの手をすっと抑えたベレトが、逆の手で本を閉じて立ち上がる。いつも話す距離を足一つ分縮めたベレトにリーゼッテが思わず後ずさるが、手首を掴まれていて距離は離れずに終わった。
無遠慮に注がれる視線。普段のリーゼッテなら不躾だと突き放すだろうそれを何故だか突き放せずに、ベレトから目を逸らせないでいる。瞳を見ているというのにベレトに宿っているのがどういった感情かよくわからず、近くで感じる武器を集めた場所に似た匂いにじわじわと頬が熱くなっていくのがわかった。
リーゼッテの心の内など知りもしないベレトは裸眼で目を合わせる新鮮さにじっとその色を眺めた、薄い青は生き物の瞳らしく潤んでいる。水面のようだとも空のようだとも感じるそれは何度か瞬きをしながらも逸らされることは無い。苦手、と言いながらもそうして交わり続ける視線になんとも不思議な気持ちになったが、それをどう表せばいいのかベレトはよくわからなかったし、特に表す必要もないと思った。
「もう少しだけ」
「も、もういいでしょう!」
顔を真っ赤にしたリーゼッテがぎゅうと目を閉じ、恐る恐るといった様子でゆっくりと開かれる。ベレトが手首を離すとリーゼッテはすぐに眼鏡をかけてしまい、いつも通りレンズ越しの視線が交わった。
そのことをベレトは多分、残念だと思った。