恋文


 相手に恋文を書けと言われた。
 今更恋文? とユーリスは思ったが、恋文を送る相手が乗り気だったので、まぁいいかと付き合うことにした。
 用意された便箋を前にペンを持つ。
 ユーリスの生まれた環境で文字の読み書きを覚えられたのは、奇跡とは言わないが幸運だったろう。知識を得るためにも、力や地位を手に入れる為にも、文字というものは大いに役に立った。下手な字を書いているつもりはない、それはユーリスに文字を教えた老人の教え方と、ユーリスの努力があったからだ。字が美しいことは徳しかしない。
 この便箋に何を書こうか?
 もちろん今までだって恋文をしたためた経験はある。男女問わず、お手本のような綺麗な挨拶と上っ面の恋をインクで綴って封をした。しかしリーゼッテが相手となると別だ。
 この紙に綴るようなことなど全て行動で示してきた。
 好感がもてることは挙げ連ねたし、愛は囁いた。愛おしいと思えば触れたし、美しいと思うものには口付けた。肩肘を張る必要もなければ嘘を吐く必要もないのだから、ユーリスは素直にリーゼッテに己の持つ好意を伝えてきた。……態度が素直であったかは別だが。
 そういう所が好きだと言えば、顔を真っ赤にして喚く様が面白く。星の数でも数えるかのようにリーゼッテの好きなところを伝えた。だからリーゼッテは、ユーリスが己のどこを好いているか知っているはずだ。
 ならば余計なことなど何も書かずとも良いのかもしれない。単刀直入に、単純明快に、ユーリスがリーゼッテに思っていることだけを書けばいい。わかりやすいものをユーリスは好んだ、そして幸い、この恋文を読む相手はわかりやすい人間だ。
 紙にペンを滑らせる。

『好きだ』

 その言葉だけが綴られた紙を前にして、リーゼッテは体温が上がったことを自覚した。
 この文字をみて誰が彼の出自を疑うだろうか? そんな綺麗な字で自分宛てに綴られた恋文をリーゼッテは読んでいる。疑いようもなく、見慣れたユーリスらしいしなやかな字だ。
 頭が回り口のよく動くユーリスのことだから、てっきり手紙のうえでも饒舌だと思っていたので、拍子抜けしたと言えばそうだ。
 今更恋文かよと嗤ったユーリスを覚えている。
 確かに、自分達の間には告白のような告白もなく、なんとなく寄り添い、確信的な言葉もなくここまで共に過ごしてきた。関係性の変わるきっかけとなった「好き」の言葉がないだけで、互いの好きなところは多く口にしてきた……主にユーリスが。
 だから、リーゼッテは指でなぞったその短い言葉だけでなんとなく理解ができた。
 これだけで伝わるとユーリスは思ったのだろう。……もしかしたら、文面を考えるのが面倒になった可能性もあるが。簡潔に、それだけで自分がユーリスの意図を拾えると思われているのかもしれない、そのことが嬉しく感じる。もちろん、綴られた言葉だって口が緩んでしまうくらい嬉しいものだったが。
 その言葉をなぞりながら、音をのせる。
 リーゼッテはその性格もあって、ユーリスに素直に「好き」と伝えたことは少ない。だから今回の恋文を書くというのは良い機会だと思ったのだ。相手を目の前にしないのなら、からかわれることも、返される言葉に動揺することもなく落ち着いていられるし。手紙という形でなら素直になんでも綴れる気がした。
 どういうところが好きか、愛している、いつも感謝している。
 手に持った手紙と比べると長々と綴ったそれを、きっといまユーリスが読んでいることにリーゼッテは顔を赤く染めた。手紙に皺をつけないように机に置いて、手で顔を覆う。
 紙一枚、それでも大事にしたいと思ったし。大事にしてくれたら良いなと思った。



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